一筆法話77

『從地起』(ちにしたがってたつ)



 衣のせいか、いい顔のせいか色々なところで、様々な職種の人に出会う機会
が多い。そういう出合の中で知りあったTちゃんはいわゆる専業主婦だ。とは
いえとにかく忙しく活き活きと動き回っている。

「どうしてそんなに何時も元気なのかねえ」

と尋ねると、
「私ねえとっても幸せな結婚をしたの、その上とってもいい子が授かったし…、
と言うと和尚さん、あの子のことでって驚いているのでしょう?でもね、あの
子は私の神様よ。あの子がいなかったらこんなに元気に生きていられなかった
と思うの。あの子の病気が絶対治らないと聞いた時はもうどうしていいやら解
らずに、私が死んだ後は誰が面倒見てくれるだろうなんて事まで考えて、それ
ならいっそ私の手で…ともう何度心の中で殺したことやら。連れて歩くのも誰
かが見ているような気がして恥ずかしいし家の中であの子を抱いて一緒に死の
うか、自殺は皆に迷惑をかけるから川で遊んでいて溺れたことにしようかと恐
ろしいことばかり考えながら泣き暮らしていたのよ。

 ひどい風邪をひいた時、お母さんにあの子を預け一日中寝ていたことがあっ
たの。ああ、あの子さえいなかったらと思うことはいつもの通り。夕方になっ
てお母さんがあの子をおんぶしてやって来たの。その時あの子が本当にうれし
そうな顔をして、『おたあたん、おたあたん』と呼んだのよ。今迄鬼のように
この子を殺すことばかり考えていた私を見て嬉しそうに『おたあたん』と言っ
たのよ。もう泣けて泣けて。それからは何処でも一緒。天気のいい日は何時も
一緒に散歩。次の子供は要らないと思っていたけど『神様の言う通り』って二
人女の子が生まれちゃった。でもね、成人してから初めて解ったんだけど小さ
いときは、『お兄ちゃんばっかり可愛がって』と思っていたらしい。でも、こ
の前もカーテンを買いに行ったらお兄ちゃんは車が好きだからこれにしたって
言って車が一杯の柄のカーテンを選んできてくれるし、嬉しかったわ。家のお
とうさんは、二十年前を思えばこの家は金持ちじゃないけど俺にとったら天国
やって言ってくれるし。あの子を事故みたいにして殺していたら、と思うとい
まもぞっとするわ。」

 「如因地倒還從地起」(地によって倒るものの、還た地に従って起つが如し)

という言葉がある。人間は生きている間に、何度となく転ぶ。しかし、起き上
らなければそれまでだが、多くは転んだその地面を支えにして起き上がる。そ
の時、人は転ぶ前よりも強くなっている。逆境と順境は裏と表である。

 「もう一つ良いことは近所の雅ちゃんが私の家族を見ていて福祉の仕事がし
たいと、そういう大学で言語学を習い、授産所で働いてくれるようになったの
よ。いいでしょう。私は昔の私のように障害児をかかえて泣いている人を外へ
連れ出すお手伝いに走り回っているの。だからお寺へもなかなか行けないけど
そう言うわけ、ではごめん」

と走り去っていった。天国や神様やと坊さんの前で言いたい放題やなあ、と思
いつつも清々しく後ろ姿に見惚れていた。


01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 生万物
63 至菩提
64 北枝寒
65 無功徳
66 邯鄲之歩
67 東家杓柄
68 謂之仁
69 諸行無常
70 一期一会
71 問伊
72 乾屎ケツ
73 楚地花
74 吾二親
75 載月明帰
76 竹有節
77 從地起
78 不是目
79 な し
80 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp