一筆法話75

『載月明帰』(めいげつをのせてかえる)



 名古屋市在住の二科展審査会員に杉浦正美画伯という方がいる。ひょんなこ
とから紹介されて以来、毎年二科展の案内を頂戴しているが、杉浦さんの作品
には月が描かれていることが多い。法然上人の歌に、

「月かげのいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ」とある。
以前、杉浦さんがどうして月を描くのか話をされたことがある。

 杉浦さんの父親はほとんど家に寄りつかないため、母親と祖母とで杉浦さん
を育てていた。その頃の話をされながら杉浦さんは眼をうるませて懐かしそう
に語られた。
「私の母は子供の目から見ても大変な働き者でした。勿論祖母もそうでした。
二人が休んでいるときなど見たことがありません。ある日薪のささくれが刺さ
った傷から母が破傷風になってしまいました。高熱が続き苦しそうでしたが、
田舎で医者もいなかったし、近所の人達もどうすることも出来ず、ただおろお
ろと布団の回りにいるだけでした。母は息も絶え絶えでしたが、祖母のひざに
載っている私を射るようにじっと見つめながら息を引き取りません。」

 その時、小さな杉浦画伯を抱きながら祖母が母に向って言った言葉は、

『わかった。お前はこの子が心配で死ねんのじゃろう。この子はわしが鬼にな
っても育ててやるからもう苦しむな、安心して死ね。』

と言ったそうである。
「よく小説などで蝋燭の火を吹き消すようにと表現しますが、本当にその時、
母はフーッと息を引き取りました。それからの祖母は、母に約束した通り鬼の
ようになり、私を抱え行商をしながら出来ることは何でもして私を育ててくれ
ました。画家になって以来、何かを描こうと思うとつい母と祖母が出てくるの
です。これは祖母が着ていた絣の柄です。この月はねえ、母が死んでから祖母
がいつもお前の母ちゃんはお月さんのところにいるんだよ、と話してくれたも
ので…、母なんです。これは私の原点です。」

と。展覧会場には絣に包まれた赤ちゃんが月の光の中でにっこり笑っていた。

 「夜静水寒魚不食 満船空載月明帰」
(夜静かに水寒くして魚食わず 満船空しく月明を載せて帰る)
という語で船子(せんす)和尚という人が心境を表している。禅宗通史の一つ
である、『五燈會元(ごとうえげん)』の中に出てくる。船子和尚は江蘇省の
華亭江という地で船を操り人を渡したり魚をとったりして暮していた。寒い冬
の夜、竿を垂れても魚一匹とてかからない。しかし、ちっともがっかりしない、
それは帰りには船の中一杯に月の明かりを載せて帰るからだという、無欲な落
ちついた心境をいう。

 現代社会は車やテレビ、パソコン、携帯電話などを我が目、我が足、我が頭
のように扱い豊かな生活を送っているように見えるが、太古の昔から在り続け
ている月や星、風や雲など常に自分と共に在る物を感じ取れないでいるのでは
ないか。杉浦画伯は月が母上だと信じ、七十歳を過ぎる今日まで敬慕の情は続
いている。


01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 生万物
63 至菩提
64 北枝寒
65 無功徳
66 邯鄲之歩
67 東家杓柄
68 謂之仁
69 諸行無常
70 一期一会
71 問伊
72 乾屎ケツ
73 楚地花
74 吾二親
75 載月明帰
76 竹有節
77 な し
78 な し
79 な し
80 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp