一筆法話74

『吾二親』(わがにしん)



 ある日、ふと回りを見回すと部屋の中には老僧夫婦、私と家内、それから一
緒に暮らし始めてちょうど一年になる女子高校生の五人がいた。傍目には家族
と見える集団だが五人とも全く血のつながりはない。広辞苑で家族を調べてみ
ると「血縁によって結ばれ生活を共にする仲間で婚姻に基づいて成立する社会
構成の一単位」と載っている。なるほど生まれてきた赤ちゃんが初めて接する
人間は母親であり、この母親の家族を家族として育つ。しかし両親が離婚をす
ればそれまでの家族は家族でなくなり又別の家族に付属することとなる。最近
のように離婚が増えるといくつもの家族を経験する子供も少なくないだろう。
犬や猫でも家族の一員と呼ぶひともいれば親子であっても一緒に暮らすことを
拒否する人もいる。その反対に全く血がつながらない集団で家族として暮らし
ている人たちもいる。では家族とは一体なんだろう。

 ひょんなことで知りあったM女は、一人暮らしで常々私は天涯孤独ですと話
していた。七十歳になったとき病気を得て手術をしなくてはならなくなった。
手術には家族の同意書が必要となり、初めてその時自分に家族のあることを話
してくれた。彼女が結婚適齢期の頃は戦争直後の事でもあり、村に残っている
男性はおじいさんか戦争にも行けないような人だけだった。

「そんな人と結婚させられるのが嫌さにとうとう家出をしようと思ったのです
が、母親に見つかってしまいました。その時どんなに叱られるかと思ったら母
親は、

『家を出てもいいよ。その代わり今日からおまえは私の娘じゃないからね、村
の人達には親子の縁を切ったと言って許してもらうけれど二度とこの村に帰っ
てきてはいけないよ。』

と言ったのです。そして、私を送ることも出来ず部屋で泣いていました。それ
以来私は家に帰った事はありません。でも今度の様な病気では亡くなった母も
許してくれるでしょう。どうか連絡をとって下さい」

そう頼まれた私がM女の実家へ連絡すると、妹さんが出て明日すぐ行きますと
言って翌日やって来た。二人はテレビドラマのように抱きあって泣いたりもせ
ず手術後から全快の日まで子供の頃のままの名で呼びあいまるで五十年という
永い空白があったとは思えないほど病室で普通に話し合っていた。

 「千里離りょと思わばひとつ、同じ夜空の月を見る」

と船頭小唄にもあるが、思いあう恋人同士だけでなく一緒に住むことが出来な
くても心がつながっていればそれは家族と言えるだろうし、同じ屋根の下に住
んでいても、他人より息苦しく生活しなければならないことだってある。

 「一切男子是我父、一切女人是我母。一切衆生皆是吾二親師君」
「一切の男子は是れ我が父なり、一切の女人は是れ我が母なり。一切の衆生は
皆是れ我が二親、師君なり」

と、『教王経開題(きょうおうきょうかいだい)』の中で弘法大師は言ってお
られる。二親とは父と母、師君とは導いてくれる先生のことだ。そこまでは徹
底出来ないだろうが少なくとも同じ月を看、同じ水を飲んでいる人間なのだ。
それが憎(にく)んだり恨(うら)んだり嫉(ねた)んだりする、そのことを
愚かというのだ。


01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 生万物
63 至菩提
64 北枝寒
65 無功徳
66 邯鄲之歩
67 東家杓柄
68 謂之仁
69 諸行無常
70 一期一会
71 問伊
72 乾屎ケツ
73 楚地花
74 吾二親
75 載月明帰
76 竹有節
77 な し
78 な し
79 な し
80 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp