一筆法話70

『一期一会』(いちごいちえ)



 この世は四苦八苦の世界だとよく言われるが、生きていく中には嫌なことが
多く、決して好まないにも係らず「苦しみ」は次から次へとやって来る。その
四苦八苦の一つに「怨憎会苦(おんぞうえく)」というのがある。生きている
限りにおいて、憎々しく思っている人とも会わなければならない「苦しみ」で
ある。
私は蛇が大の苦手だ。山道や草むらなどを歩く時は心の中で、
「ガマやトカゲなら許せるが、絶対に蛇にだけは会いたくないものだ」と念じ
る。
そうすればするほど余計に神経がぴりぴりとして普段なら気が付かないような
微かな音も敏感に感じてしまい、わざわざ蛇を探しだしてしまう。意味は違う
が「やぶ蛇」みたいなものだ。苦手だからこそ却って他人よりも素早く蛇を見
つけてしまい、足が竦(すく)んでしまう。これが又人間についても同じだ。
あいつにだけは会いたくないと思いつつ街を歩いていると、そのあいつが真正
面からやって来ることがある。

 天敵のような間柄の人間がばったりと出会った時のばつの悪さはいわく言い
難い。私は高校三年の時、網膜剥離と診断され病院に通っていた。当時の医学
では失明する恐れがあると言われ、相当に気が滅入っていた。そんな折り、近
所のおじさんとばったり道で出会った。これがいわゆる「不倶戴天の敵」(ふ
ぐたいてんのてき)というのか、おじさんは私を見つけるとよく頭をポカリと
殴った。まあ、おじさんにとってみれば、私は天敵のようなもので、憎っくき
奴だったのである。
実は、おじさんの家には桃の木があった。その実はすこぶる美味で大事に大事
にしていたから頂戴とは言えない。だったら黙って戴くしかない。そういう時
に限って見つかり、何度も鎌を振り上げられ追いかけられた。そのおじさんが
目の前にいるのだ。

 不意のことで、おじさんの顔をじっと見ていた。その頃の私の心中は、ただ
失明するのではという不安で一杯だった。

「あ〜、このゲジゲジおやじの顔も、もしかすると見納めになるかも知れない
な」

と思ったとたん、今までのおじさんとの闘いの日々が頭の中を走り、にわかに
目前のおじさんに親近感を覚え、愛おしいような気持ちにさえなった。そして、
はからずも泣きそうになった。おじさんはあわてて、

「バカ!まだわしゃ殴っとらんぞ靖則!」

靖則というのは私の俗名である。
「ご、ごめん。今日の涙は違う意味やから勘弁してくれ」

そのおじさんもとうの昔に亡くなった。

 よく「一期一会(いちごいちえ)」という言葉を茶人などが好んで使う。こ
れは千利休(せんのりきゅう)の弟子で山上宋二(やまのうえのそうじ)が、
日常の何でもない茶席でも、一生に一度だけの出会いだと思って勤めるよう記
しているが、「一期一会」という言葉が使われたのは以外に新しく幕末、桜田
門外の変で暗殺された井伊直弼が『茶の湯一会集』に記してからである。善人
もいれば悪人もいるのがこの世。一度きりの人生だから、再び逢うことのない
人々だからと思えばこそ、与えられたご縁を大事にしてゆきたいものだ。自分
に都合の良い人たちとの出会いだけが「一期一会」ではないと思う。



説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp