一筆法話66

『邯鄲之歩』(かんたんのほ)



 先日、京都のホテルに泊った時。ちょうど修学旅行の団体と一緒になり、
しばらくロビーに座り、何となく様子を見ていた。中学生と思える生徒は
全員が制服ではなく学校指定のジャージーを着ていたが、そのズボンが腰
のところまでずり下がり、下着が見えている生徒が何人かいた。最初はズ
ボンのゴムでも緩んでいるのかと思ったが、得々として歩いている姿を見
てすぐに、
「ははあ、これは流行(はや)りのスタイルだな」
と気がついた。しかし、中学生のジャージーでもやるのかと思ったら可笑
しかった。

 貧しい黒人の人が、自分の長さに合うズボンが買えないので腰に引っか
けてはいたのを、カッコイイと見た彼の地の足の長い人が、それを真似て
はいた。黒人や欧米人は足が長く、お尻がぷりっと張っているのでズボン
が腰に引っ掛かる。それからは我が国の短足でたれ尻の若者までズボンを
ずり下げてはき、ぞろぞろ引きずって自分ではカッコイイと思っていらっ
しゃる。最近では耳どころか、鼻に口に舌にヘソにと穴をあけブラブラさ
せるのが流行っている。何千年も昔の人が見ると「あっ、同じだ」と言う
に違いない。誰かが「カッコイイ」と言うと自分に似合う似合わないは考
えないらしい。自分は「一人」なのにその「一人」を生きていくことが出
来ず、その他の人の言をもって、やっと自分を成り立たせている。私は何
も「カッコイイ」若者に宣戦布告しているわけではない。

 「邯鄲之歩(かんたんのほ)」という語が「荘子(そうじ)」秋水篇の
故事に出てくるが、燕(えん)の寿陵の少年が趙(ちょう)の都、邯鄲へ
行き、その地の人々の歩き方をまねたが、まだ慣れないうちに国へ帰るこ
ととなり、結局、邯鄲の歩き方も習得できず、故郷の歩き方も忘れてしま
ったという。他人をまねて、まねしたものも、自分本来のものも忘れて、
もともこもなくすことの例えである。

 これは世間一般にみられることで「今どきの若者は‥‥」と言う人が、
「ねえ、隣りはディズニーランドへ行ってきたんだって」
「そうか、では家も行ってくるか」
と同じことをせずにはいられない。言い古されたことかも知れないが、昔
は「家(うち)は家、他所(よそ)は他所」と、その家々の方式があった。
これは他人に迷惑をかけなければ何をしても良いということではない。例
えば、私は農家で育ち、農家の子として町の子供と違っているのを当然と
して生活してきた。昔、カレーライスを作る時だけ肉を買った。肉屋へお
使いに行けば、さまざまな上等の肉が並べられていた。買う人がいるので
当然のことだろうが、私の家で使うのは、こま切れの肉を五十円で買うと
決められていたので、疑いもせずに買ってきていた。肉屋の主人が、
「何がいい?」
と聞けば躊躇(ちゅうちょ)なく、
「こま切れを五十円で」
と言った。友達がお使いに来て、ロースを買おうが平気だった。全ての人
が同じことを出来ないように、他人の真似をしても、それは本来の自分で
はない。自分が今置かれている環境に対して縮むことなく、背伸びするこ
となく堂々と生きてゆきたいものだ。

一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 生万物
63 至菩提
64 北枝寒
65 無功徳
66 邯鄲之歩
67 な し
68 な し
69 な し
70 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp