一筆法話63

『至菩提』(ぼだいにいたる)


 習い性というのか、他家へ行ったときに気になるのは座布団の向きである。お客さん
の為に座布団を並べることはお寺では日常茶飯事であるが、その時に注意するのは、座
布団の前と後ろを注意して並べることである。つまり座布団には前と後ろが有るという
ことである。知っている人は、そんなことと思われるかも知れないが、案外知らない人
が多い。座布団には縫い目のない部分が一ヶ所だけあり、その部分を前にするのである。

 修行道場では今も昔も座布団の並べ方をやかましく言われる。座布団の前と後ろは勿
論のこと、畳の目の何列目に揃えて並べるか、また隣との間隔をどれほど空けるのかと
いうことを先輩の雲水が細々と教えてくれるが、修行に慣れない間は、そんなことどう
でもよいのにと考え、いい加減に並べてしまう。そうすると先輩の雲水がちゃんと後で
検査して、大目玉を食らうことになる。そうやって日常の一つ一つの作法や生活スタイ
ルを覚え、小さなことをおろそかにしないようにする習慣が徐々に身についていく。こ
れは修行上大切なことである。禅の修行は自分の心を微に入り細を穿って検証していく
作業である。些細なことを軽く扱えば、やがて心が隙だらけになり、修行がちゃらんぽ
らんになる。畳の縁を踏まずに歩くとか、食事の時に音をたててはいけないということ
は、自分の心を油断なくきちんと見据えていなさいということである。そういう生活を
続けているうちに徹底しないことを心が許さなくなる。だからよその家で座布団が前と
後ろが逆になっていたり、横を向いていたら気になってついつい自分で直してしまう。

 比叡山、横川(よかわ)の源信は恵心僧都(えしんそうず)と呼ばれ、『往生要集』
(おうじょうようしゅう)を著わし浄土教信仰に大きな影響を与えた人であるが、その
『往生要集』の中で、
『如滴 雖微漸盈大器、此心能持巨細萬善、不令漏落、必至菩提』
「しずくは微(かすか)なりといえども、漸(ようや)く大器に盈(み)つるがごとく、
此の心能く巨細(こさい)の万善を持(たも)ちて、漏落(ろうらく)せしめずして、
必ず菩提に至らん。」
  一滴の滴(しずく)はわずかなものであるけれども、怠ることなく努力を積み重ねて
いけば、大きな器になみなみとたまるように、心も小さな善きことや大きな善行を積み
重ね、それらがもれないように努めていけば、必ずさとりに到達するであろう、と書か
れている。

 私は修行が出来ていないから座布団のことが気にかかるだけで、その他のことはずぼ
らである。しかし、よくよく考えてみれば、本来、心を使うのはタダである。人を叱る
ときに、「眼や頭は生きている間に使え」ということを言うが、心こそ然りである。自
分の心はどれほど使ってもタダであるから生きている間に精一杯使わないと損である。
他人の心の綻(ほころ)びばかりを批評していては、無限の可能性を秘めた自分の心の
綻びが見えてこない。実は座布団には前と後ろだけでなく裏と表もあり、口うるさい先
輩の修行僧の中にはそこまでを使い分けないと許してくれない人もいた。ちゃんとした
布団屋さんならそのように作ってあり、訪ねたら「確かに表と裏がある」と言っていた。
布団屋さん以外でここまで知っている人は少ない。


一筆法話

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01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 生万物
63 至菩提
64 北枝寒
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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