一筆法話60

『無咎』(とがなし)


 京都の妙心寺は、今から六百六十年ほど前に花園上皇より禅の宗旨を広く伝えたいとの願い
から、現在の京都市右京区花園の地にあった建物である離宮を提供された。花園上皇は第一世
に関山慧玄(かんざんえげん)禅師を招かれ、興隆仏法の願を依託された。慧玄禅師は上皇の
期待に応えて弟子を育てられた。しかし、その離宮が少々傷んでいたらしく、雨漏りがしたと
のことである。

 「お〜い、雨漏りがしているぞ」
「は〜い」と勢いよく返事をし、小僧さんたちは一斉に走り出した。間もなく真っ先に飛び込
んできた小僧さんは手にザルを持って来た。やや遅れて他の小僧さんたちは手に手に桶や手洗
鉢などを抱えて走ってきた。それを見た慧玄禅師は、一番最初にザルを持ってきた小僧さんを
たいそう誉められたという。
「お前さんは実に見事な働きをする、その調子だぞ。それに比べて他の小僧さんたちは一体ど
ういう了見で修行しているのか!」
と。ザルを持ってきて誉められる、一体どういう意味だろうか。やっぱり禅宗の坊さんは変わ
った人が多いなあ、と考えるのが普通であろう。しかし、人間は頭を使う動物である。いや頭
に振り回されやすい生き物だから、常に計算をしている。

 例えば、私の小僧時代‥‥。
「お〜い、渕さん(修行時代の呼び名)ちょっと来てくれ」
「は〜い」
師匠に叱られるといけないので、間髪を入れず返事だけはする。しかし、この{は〜い」と言
う約一秒間に実にいろいろなことを考える。
「そうだ!玄関が汚れていると言われたのに掃除をまだやってない。」
「あっ!豆腐買ってくるのを忘れた。」
「しまった!本尊さんの饅頭を一個盗んだのがばれたのかいな。」
私は頭がいいから、三つくらいは瞬時に考える。凡人でも一つくらいは考えながら返事をする
のではないか。

 最初にザルを持ってきた小僧さんは「は〜い」と返事をして無我夢中でザルを掴んで走って
くるまで、何にも計算しない純粋な心で動いていたのである。慧玄禅師はザルを持ってきた行
為を誉められたのではない。ザルを持ってきた心を誉められたのである。修行というのは計算
づくでやるものではない。禅宗の根幹をなすのは、ただ一途な心である。
『一心不生萬法無咎』
「一心生ぜざれば万法咎無し」(いっしんしょうぜざればばんぽうとがなし)
という語が、四言一四六句の短い禅の詩である『信心銘』(しんじんめい)に出ている。小利
口な考えや他人を気にしながらの行動は動機が不純であるから、相手にも自分自身にも抵抗が
必ず伴う。無心で行動する者には汚れる心がない。現代人はザルを持ってくるような小僧さん
を見てすぐに笑うが、死ぬときが来たらきっと笑われるのは我々の方である。


一筆法話

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01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 生万物
63 至菩提
64 北枝寒
65 無功徳
66 邯鄲之歩
67 東家杓柄
68 謂之仁
69 諸行無常
70 一期一会
71 問伊
72 乾屎ケツ
73 楚地花
74 な し
75 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp