一筆法話53

『嫌揀擇』(けんじゃくをきらう)


 平安末から鎌倉初期にかけて、歌人として有名な西行法師は、

願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ

と詠まれた。きさらぎといえば二月。「生更ぎ」といい、草や木が更生して新しい命を生み
出すころの望月、すなわち満月に死にたいものだと願われた。出家して以来各地を旅して廻
り、河内の弘川寺というお寺で亡くなられた。それは願われた通りに文治六年(一一九○)
二月一六日、如月の望月のころであった。一方対照的にそれよりさかのぼること三百年、中
国の巌頭和尚という名僧は山中で賊に襲われ首を刎ねられて亡くなられた。白隠禅師は、若
い時にこの話を知り、相当に悩み迷われたらしい。
「どうしてあれほど修行を積んだ和尚が賊に殺されなければならないのか。いったい修行の
成果はどこにあるんだ。」
と嘆かれた。それでもあきらめずに修行を続け後年、巌頭和尚の疑問が解決した時、
「和尚はまめで息災じゃったわい。まめで息災じゃったわい」
と思わず喜びの声をあげられたという。賊に首を刎ねられて死んだはずの巌頭和尚が、ちゃ
んと白隠禅師の心の中に生きていたことを修行で明らかにされた。

 人は誰でも西行法師のような死に方を願う。それが叶わぬとも、せめて温かい家族に見守
られて死にたいと願う人。恋人に手を握られながら息を引き取りたいと考えている人。いや
いや最後まで包丁を握っていたいと料理人は思うかも知れないし、登山家は山で死にたいと
願うかもわからない。しかし、ほとんどの場合は願ったようには死ねない。鼻に管をつっこ
まれて看護婦さんが気がついたら死んでいた、ということもありうる。ウンチやオシッコを
垂れ流して家族の冷たい視線の中で死んで行かねばならない状況だってある。死ぬというこ
とはきれい事ではない。想像の世界では終らない。

 東京の大学に通っていた頃、お世話になっていたお寺の住職が白内障になり手術をするこ
とになった。眼科の先生が、
「これから手術を始めますから頑張って下さい」
と励ましの言葉を掛けられた。その時、住職は平然として、
「あ〜。私よりも頑張るのはアンタの方じゃないのかね」
と言った。私はその時、目からウロコが落ちたような思いで、この住職のように肩の力を抜
いて生きたいと願った。

 「至道無難 唯嫌揀擇」
「至道無難(しどうぶなん) 唯(た)だ揀擇(けんじゃく)を嫌(きら)う」
という言葉がある。修行を成就させるには、ただ揀択(選り好み)することを嫌うだけである。
あれが好きこれは嫌い、病気したらどうしよう、ぼけたらいかんと心配して生きていくよりも、
肩の力を抜いて現実を素直に受け入れて生きていくほかはない。人が生きていくのに「願い」
は大切なことである。しかし、根底には揀択(選り好み)しないという肩の力を抜いたとこ
ろがなければ、迷ってしまう。死に方が問題ではない、その人が生きて来た時間が大切である。

一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp