一筆法話44

『如在』(いますがごとし)

 ある遠洋漁業の港の人から聞いた話。遠洋漁業の船に乗る人たちは一度港を離
れると長ければ半年以上も家に帰ることはないそうだ。父親が留守の間、港では
母親が家庭の切り盛りをする。子供が小さいうちはまだ母親の言うことも聞くが、
中学、高校になると家庭を制し鎮める重石役の父親がいないと、子供が言うこと
を聞かなくなるそうである。それが単なる反抗期ならよいが、非行に走る子もい
るという。しかし、子供たち全員が非行に走るわけではない。

 どうしたら非行を少なくすることができるかといろいろ思案したところ、偶然
にも陰膳を据えている家庭の子供たちは非行に走りにくいという事が解った。遠
い外国の海で板子一枚その下は地獄という命懸けの仕事をしている父親の安全を
祈って、三度の食事の度に「お父さん」の席に皆と同じようにご飯やおかずを飯
台に並べるそうだ。そうすると、実際に父親はいないけれど子供たちの心には父
親としての存在感が常にある。又子供たちが何か行動を起こすときに、それが心
のどこかで重石のような役目をして、慎重になるそうである。そして、久し振り
に父親が帰ってきても普段から同じ食事を囲んでいるのですんなり溶け込めるら
しい。

 「論語」に、

「祭如在、祭神如神在」

「祭ること在(い)ますが如(ごと)くす、神を祭ること神在ますが如くす」
という言葉があり、先祖の法事をする時には先祖が今そこにいるように、敬い慎
んで行い、先祖以外の神さまを祭るときにもそこに神さまがおられるように敬虔
に行う、とある。だから仏壇などに花やお供えを置くときにも、道具でも扱うよ
うにドスンと置いたり、振り向きもしないで帰ってきたりするのは行為と心がち
ぐはぐになっている。ちょうどレストランにでも行って係りの女性に丁寧に、
「いらっしゃませ」
と挨拶のお辞儀をされながら、コップの水を乱雑に運ばれるようなものである。

 最近の法事などに呼ばれると、父や母の祀りをやりながら、去る者は日日に疎
しではないが、昨日の涙は今日の笑顔に変り、酒にビールにご馳走でわいわいと
にぎやかなお斎である。普段、粗食に甘んじている私にとっては嬉しいことでは
あるが、どこか主役不在の感がある。あまりに儀式化してしまって、慣れあいに
なり本来の意味から遠ざかっている。生きている人間の飲み食いの場所だと勘違
いされている方も多い。お斎とは、在ますが如くにお祀りした父や母、祖父や祖
母からお下がりを頂戴して食することである。最初に当主の挨拶があり、全員に
ビールかお酒をを注ぎ終って、食事を戴くのであるが、
「やれやれ、これで世間体も保ったし、大した落度もなく法事も終った」
と内心ホッとして安堵するのか、
「乾杯!」
と大きな声で酒宴を始められる方もいる。しかし、その安心感が理解できるので
注意するに躊躇する。



一筆法話

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01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp