一筆法話43

『殺仏』(ほとけをころす)

 現代は自由な社会である。いろいろな宗教が無数にあって誰がどの宗教を信じよ
うが咎められることはない。親が信じる宗教と子供が信じる宗教が違っても構わな
い。旦那さんが仏教徒で奥さんがクリスチャンということもある。もちろん宗教を
信じないという権利も保証されている。その昔、カールマルクスは「宗教はアヘンだ」
と言った。宗教の持つ危険性を言った言葉で、ある意味では当たっていると思う。
特に最近は、宗教によって身も心もがんじがらめに縛られている人をよく見かける。

 所用があって名古屋まで電車で出かけた。私のように頭をツルツルにしていると
公衆の中では視線を感じる。坊さんに成りたての頃は少々ジロジロが気になったが、
最近では快感とまでは言わないが気にならない。途中から幼稚園くらいの女の子と
母親が乗り込んできた。女の子は私を見つけ、無邪気に「お母さん、あれな〜に?」
と聞いている。母親は険しい顔つきで「だめ!見るんじゃない」と叱った。なんと
なくその態度から「はは〜ん」と察した。その母親は電車を降りる時、私の頭の上に
「南無妙法蓮華経!」という言葉を邪気でも祓うかのように低い声で投げかけて行
った。その人の信ずる宗教によって理屈なしに忌み嫌われたのである。そういう人
には時々巡り逢うことがあるので気にならない。しかし、やがてその女の子も私の
ような人間に出会うと無条件にそういう顔つきに成るのかと思うと淋しい気がする。

 今から千二百年ほど前の唐の時代に臨済禅師という傑物がおられた。臨済禅師の
言葉に、

『逢佛殺佛。逢祖殺祖。逢羅漢殺羅漢。逢父母殺父母。逢親眷殺親眷。始得解脱。』

「仏に逢うては仏を殺し。祖に逢うては祖を殺し。羅漢に逢うては羅漢を殺し。
父母に逢うては父母を殺し。親眷に逢うては親眷を殺し。始めて解脱を得ん。」

というのがある。これは聞き方によっては物騒な言葉に聞こえるが、そうではない。
両親や親戚を抹殺せよという言葉ではない。自分が勝手に作りだした仏とはこうで
あるという妄想や、親とはこうでなければならないという思い込みを捨てよという
ことである。人は「幸せな結婚三個条」とか「子育ての十個条」「お金を貯める五
個条」などというものに縛られるとなんだか妙に安心してしまう。そういうことを
聞いて安心するのは馬鹿である。

 人間が生きていくのに個条書きはいらない。「何個条」もクソもない。それは護
摩の灰売りと同じである。この灰を塗れば切り傷にいぼ痔、にきびに盲腸、脱腸に
栄養失調までピタッと治る、とやる口上である。下手な説教師がよく使う手である
が、臨済禅師は、人の言うことをそのままウのみにして自分自身を不自由にするな
と言われたのだ。世の中の常識を根本から自分の頭で考えてみよということだ。最
も唾棄すべきことは地位や名誉を利用して無垢な人々を騙して、「幸福になる○個
条」を暗記させて、結局、幸福になるのは護摩の灰売りだけであることだ。



一筆法話

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01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp