一筆法話42

『喫茶去』(きっさこ)

 人生にはいろいろな出会いがあり、別れがある。お釈迦さまは生老病死の苦しみ
の他に、人生には怨憎会苦といってどうしても好きになることのできない人、怨み
憎む人とも会わなければならない苦しみがあると言われた。また愛別離苦といって
愛する人と生き別れたり、死別などの苦痛や苦悩があると言われた。

 私たちの人生はさまざまな出会いによって形作られていると言っても過言ではな
い。まさか記憶しておられる方もいないと思うが、「おぎゃー」と裸で生れて来た
ときから自分の意志とは関係なくお母さんとの出会いがある。それからの人生は兄
弟との出会い、友との出会い、師との出会い等々次から次へと続く。一体、一生の
間に幾人の人との出会いがあるのだろうか。前述のごとく、そこには当然のように
怨憎会苦、愛別離苦などの苦しみや哀しみを伴う。

 二六年前、博多の街を友人となすこともなく歩いていた。あまり気の合う友人で
もなかったので、上の空で会話をしていた。ふと気が付くと喫茶店やパチンコ店の
並ぶ中に立派な庭が眼に入った。街の喧騒をよそにその中だけは静まり返り、門に
は「臨済宗 妙心寺派 長性寺」と墨で書いた板が掛けてあった。以前から心の中
に出家したいという思いがあっても方法が解らなかった私は、友人と一緒に居るこ
とも忘れ一人で中に入った。話を聞きたいと尋ねたら、住職は京都の妙心寺に出て
いてほとんど帰らないとのこと。しかし、

「そんなに話が聞きたかったら、隣りのお寺を紹介してやるけんそこへ行かん
ね。」

と、親切にも電話をかけてくれた。私は二百メートルほど離れた隣りのお寺へのこ
のこと行った。そこの和尚さんは三十代の若い人だった。お茶を飲みながら淡々
と、

「私は弟子を育てるほどの年じゃなかもんね。」

と言われた。私は、そういうものか、と思いながら差し出されたお茶を飲もうとし
た時、突然奥の部屋からしゃがれた声で、

「禅の話はぐちゃぐちゃ聞いても解からんぜ。お前さんが自分で体験せにゃあ、聞
いてもな〜んの役にもたたん。わしが貴公さんを貰ってやるけん坊さんになれ。

」 奥の部屋から四十代の丸々とした和尚さんが出てきた。偶々、そこのお寺へ書き物
の手伝いに来ていたとのことであった。私はまるで売り言葉に買い言葉のように、

「それじゃあ私を任せますけん、私を貰ってください。」

と、あっさりその場で師匠と弟子の関係になってしまった。この何とも不思議なめ
ぐり合いで平成三年に師匠が亡くなるまで二十年以上もお世話になることになっ
た。

 『喫茶去』(きっさこ)

という禅語は特に有名で、「お茶を飲んでいきなさい。」という意味であるが、栄
西(えいさい)禅師によりお茶が伝えられて以来七百有余年、日本人とお茶の付き
合いは長い。憎しみのお茶。悲しみのお茶。出会いのお茶。別れのお茶。お茶を啜
りながら泣き笑いの人生を送って来た。しかし、「お茶を飲んでいきなさい。」と
いう言葉には、「そういう人生だからこそ、ちゃんと正しく自分を観て生きなさ
い」、という意味が含まれていることもお忘れなく。


一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp