一筆法話40

『進一歩』(いっぽをすすめよ)

 人を苦しめたり、迷わせたりするものに、財産、権力、地位等の欲望があるが、その元
になっているのが自我である。物事を錯覚してとらえるのが自我であり、それには実態が
ない。そして財産、権力、地位等は必ず滅んでいく。永遠不滅の財産、権力、地位等は存
在しない。これは世の中や歴史を観察すれば、永遠不滅のものは何一つ存在しないことが
よく解るはずである。そういうものが仮のものという事がわかれば、今の財産も権力もこ
の生命も移り変わってやがてはこの世からなくなり存在しなくなる。それらは実態のない
ものという事が解る。なんだか寂しいと感じる方が大半だと思うが、人間の幸福感という
のは、実にあやふやなものの上に成り立っているのである。

 しかし、ただ一つ永遠不滅のものがある。ここの所を政治家で無刀流の創始者でもある
山岡鉄舟居士は、私たちが本来、永遠不滅の心を持っていることを富士山に例えて、

「晴れてよし曇りてもよし富士の山、もとの姿は変らざりけり」

と詠んでいる。その永遠不滅の心は、地位や財産や名誉を越えて全ての人の胸の中にあ
る。お釈迦さまはこれを仏性と呼ばれた。仏性という名はまた仏心と言い、如来蔵と言
い、真如、不思議界などとも呼ぶ。

 禅宗には修行者を激励する時、

「百尺竿頭に一歩を進めよ」(ひゃくしゃくかんとうに一歩を進めよ)(景徳伝燈録・第十巻)

という言葉がある。これは百尺もあるような長い竿の先を目指して頑張って、努力して
登って行き、とうとう上り詰めても、そこにあぐらを組んで安住しているようでは本当の
道は極められないということ。人生を努力して努力して登りつめても、自我の有頂点にあ
ぐらをかいて安心していてはいけないという事である。亦そういう自我の世界にいたので
は、実際に安心したくても安心していることができないはずである。何故なら百尺の竿の
先に座っていたのでは、あとは落ちるか、そろそろと下りなくてはならないからである。
  版画で有名な、棟方志功の話。棟方志功がかなり有名になってきた頃、同窓会が青森
であり、それに出席したおり、同級生の一人が、

「お前さんの版画は、正直言ってどうもわからない、自分には、小学生の孫がいるが、ど
う見ても家の孫の方がよほど上手だと思う。」

と云ったそうである。それを聞いて棟方志功は、

「それでいいんだ、それでいいんだ」

と云いながら、そこらじゅうを転げ回り喜んだそうである。 これはどういうことかとい
うと、上手に版画を彫ろうとか、高く売ろうとか云う打算のない、子供の描く絵のよう
な、自由でとらわれのない無心な作品を目指していた志功にとってそれは、最大の賛辞
だったからである。つまり、無心のところに一切をありのままに見る眼が与えられ、ほん
とうのこと、すなわち真実を真実のままに、何物にもじゃまされずに受け入れていくこと
である。このように私たちも無心に生きていく心がけを持ちたいものである。自分の中の
仏心に目覚めなかったら、いつまでも自己満足の生き方にすぎない。


一筆法話

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01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp