『竹一竿(たけいっかん)』


数年前のことである。京都へ行く用があって未だ朝も明け
やらぬ、岐阜市の神田町通りを駅に向かって歩いていた。
商店街のシャッターは降りていた。ふと、後ろの方から
「あんた〜!」
と、誰かを呼ぶような声を聞いたような気がした。何とな
く後ろを振り向いたら、遠くの方から女の人が小走りに駆
け寄ってくるのを見た。私は再び駅に向かって歩きだした。
そうしたら更に追い討ちをかけるように、
「あんた!ちょっと待って!」
と追いかけてくる。
私は「おかしいな」と思いながら、辺りを見回したが、私
以外に誰も通りを歩いていなかった。
「一体何だろう」と思いながらも待つことにした。女性は
バタバタと走ってきて、はあはあと息を切らせながら顔と
顔がくっつく位にして私の顔をのぞきみ、
「ゴメンナサイ…間違いました。あんまり似ていたものだ
から…ゴメンナサイ」
…と言った。三十才位の女の人だった。目から涙があふれ
ていた。私は、
「ご主人を捜しているのですか。私はこれから京都まで用
事があるので、岐阜駅まで行くのですが、少し時間がある
ので一緒に駅まで行きませんか。」
と言い、女性と一緒に駅まで行った。
駅で缶コーヒーを買って待合室に腰掛け、事情を聴いた。
驚いたことに、その女性の主人は、岐阜の刑務所に服役中
とのこと。私の後ろ姿があまりにそっくりだったから、つ
い夢中になって追いかけて来たこと等々を話してくれた。
更に驚いたのはもともと在所は浜松だが、主人の帰りを待
つために、岐阜に七年も住んでいるという。そして、彼女
の主人は無期懲役でいつ頃出て来られるのかもはっきりしな いという。
「もしかしたら、一生会えないのでは。」
と、聞いた。彼女は、
「そうなるかも知れません。」
「あなた、今幸せですか。」と、私。
「私の両親や友人は、私のことを、
『馬鹿やね、少しは身の振り方を考えて幸せになる道を選
んだらどうかね。』
と忠告してくれるけれど、私はこうして毎日を待っている
ことが私の生き甲斐なんです。会えても会えなくても今、
私は幸せです。」と、彼女は言い、去って行った。
「山僧活計茶三畝 漁夫生涯竹一竿」 「山僧(さんぞう)が活計、茶三畝(ちゃさんぽ)         漁夫の生涯、竹一竿(たけいっかん)」
という言葉は、お坊さんは僅な畑さえ有れば茶を作り、お
参りのお客さんをもてなすことができる。漁師はあっちの
竿こっちの竿と迷わない。これと決めたら驀地(まっしぐら)
である。人それぞれに生き方が決定していれば、一生ふら
ふらすることなく、安心だということ。その後、再びこの
女性と会っていないが、きっと今でもひっそりと主人の帰
りを待ちながら暮らしていると思う。

一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp