『不 遠』(とおからず)


道樹寺から車で二十分ほど走ると、蛍(ほたる)が群棲
(ぐんせい)しているところがある。じっと立っていると
体中に蛍がとまって、さながら人間ネオンになる。おキヌ
婆さんはお爺さんにねだって車でその場所まで連れていっ
てもらった。その地域は蛍の名所として売り出そうとして
いるから捕(つか)まえて持ってくるわけにはいかない。
おキヌ婆さんはそれでもそっと六、七匹の蛍を両手に忍ば
せて持ち帰ろうとした。
「あっ!ちょっとちょっと。おばあちゃん、蛍を持ってっ
たらあかんやないの」
「堪忍して。たった一つっきりやから堪忍して。」
「しょーがないな。本当は持ってったらあかんのやよ。」
おキヌ婆さんは家に帰ったら早速、大事に蛍篭(ほたるか
ご)に入れ、中の草に丁寧に霧吹きをして更に、薄い布を
被せて、それにも霧吹きをして段ボールに入れ、翌朝、宅
配便で東京の孫に送った。
東京の孫は大喜びして、おキヌ婆さんにお礼の電話をした。
「お婆ちゃん、有難う!蛍はとっても奇麗(きれい)で、
すっごく嬉しかったよ。生まれて初めて見たんだけど、ほ
んとに、ほんとに光ってるのって不思議だね」
「そうか、そうか。喜んでくれてお婆ちゃんも嬉しいよ。
だけどね中のお手紙もちゃんと読んで頂戴よ。」
「うん。わかってるよ。お婆ちゃんの云う通りにするよ。
じゃあね、ありがとう」
おキヌ婆さんは信仰が篤(あつ)く、朝晩には仏壇のお勤
めを欠かしたことがない。
孫への手紙は、
「昨日、お婆ちゃんは蛍を見に行ってきました。何百、何
千という蛍が飛んでいて見事でした。見ているうちに、お
前たちのことを思いだし、どうしても蛍を見て欲しくなり、
捕(つか)まえてきました。しっかり見てください。でも
ね、蛍も生きています。篭(かご)の中では死にたくない
でしょうね。だから、一日だけ見たら、近くの、なるべく
奇麗な水のある公園に逃がしてください。お願いします。
                 ーお婆ちゃんより」
『大学』という書物に、
「心誠求之 雖不中不遠矣」
「心、誠(まこと)に之を求むれば中(あた)らずと雖
(いえど)も遠からず」
という言葉がある。人間まごころをこめて、事に当たれば、
たとえ完全とはいかないまでも、まずはよい結果が得られ
る。この言葉は、まごころを尽くすことの大切さを説く。
世間では、躾(しつ)け、躾(しつ)けとやかましく云う
方もいるが、愛情のない躾(しつ)けは見破られ、却って
人間関係を損なう。殊更に口に出さずとも愛情のある行い
は、自然に人を感化し、道からもそうそう外れるものでは
ない。おキヌ婆さんは信仰に支えられ、有言、不言の中に
子から孫へ、人として大切なものを伝えていっているよう
な気がする。

一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp