『癡 僧』(ちそう)


越後の良寛さんは、五合庵という小さな庵に住み、近隣を
托鉢して暮らしていた。
良寛さんの詩に、
「十字街頭乞食了 八幡宮辺方徘徊 兒童相見共相語 去
年癡僧今又来」
「じゅうじがいとう こつじきし了り 八幡宮辺まさに 
はいかいす じどう相見て 共に相語る 去年のちそう今
また来ると」
騒がしい市中の托鉢も終って、静かな八幡さまのあたりを
歩いていたら、村の子供らがいち早く見つけ、お互いに囃
(はや)し立てている。
「おい、おい。去年も来た変な坊さんがまた来たぞ!」
托鉢は行乞(ぎょうこつ)とも云い、乞食(こつじき)と
も云う。乞食と書いてコツジキと読み、コジキとは読まな
い。インドや南方の僧侶は托鉢の時、頂き物をしても決し
て頭を下げない。それは何故かというと、頂く僧が頭を下
げては、知らず知らずに、物の損得を測るからである。そ
して市中の人が僧に施しをするということは物に対する執
着を少なくするという徳を積むためであって、させて戴く
のである。
施す者も施しを受ける者もその間に、なんの愛憎もなく行
わなければならない。
私は大学の時、友人に越後、国上山(くがみやま)の五合
庵に案内されたことがある。その小さな庵を一見して私に
は、とうてい良寛さんの生活は真似できないと観念した。
あの新潟の豪雪地帯にあって、吹きさらしの部屋一つ以外
に何にもないのである。良寛さんは子供らと遊び、楽々悠
々と生きてきたと思っていたのが間違っていた。
その優雅に見える生活の裏側には凄(すさ)まじいものが
あった。当時の良寛さんは江戸にまで知れ渡った善知識で
ある。楽しもうと思えば楽な生活がのぞめたに違いない。
それを敢て托鉢に依るその日暮しを選ばれた良寛さんは、
遥か彼方の畏れおおき人であった。
世間では仕事やスポーツ、選挙などで、無心にやれとか、
無心でやったからいい結果がでました、というがあれはウ
ソである。そういうのは我を忘れて、という。勝利が欲し
い、お金が欲しい、名誉が欲しいという土台があって、我
を忘れて夢中になることであり、貪欲になることである。
無心というのは損得勘定をしない働きであり、托鉢の精神
と同じである。托鉢に生きる良寛さんは寡欲(かよく)な
生活を送られた。
良寛さんは子供らと無心に遊び、子供らの幸せを願って手
を合わせたに違いない。何故なら、貧しい男の子や女の子
たちは歳が来れば、いやいや奉公に出され、泣く泣く身を
売らなければならない運命が待っているからである。その
子供たちにしてあげられることは、ただひたすら、無心に
遊ぶことしかなかったのではなかろうか。ひと時の幸せを
共に過ごし、ひと時の想い出を作ってあげることが、良寛
さんの使命だったような気がする。そして、ぼろぼろに使
い果たされて、帰されてくる子供らをきっと涙とともに迎
えたことであろう。

一筆法話

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01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp