『足別離』(べつりたる)


自分の弔辞を聞きたいと思ったことがある。自分が死んだ
ときに、果たしてどういう贐(はなむけ)の言葉を聞くこ
とになるのだろうか。こんな言葉を聞いてみたいとの願い
から自分自身で考えてみた。
「和尚さん、さようなら。いよいよ別れの時が来ました。
この世では、もう二度とあなたの不精ひげを見ることが出
来ません。二度とエッチな話も聞けません。そう思えば、
淋しくて世の無常をことさらに感じています。あなたはい
つも云っていました。
『この世に生じたものは必ず滅びる。死ぬことが悲しいの
ではない、精一杯自分自身を生きないことの方が悲しいこ
となんだ…』と。
いつお寺へ行っても気持ち良く迎えてくれて、私の故郷へ
帰るような気がしていました。
共に悩み、共に苦しみ、時には怒り、また腹から笑い、酒
を飲み、歌を歌い想い出は尽きません。今別れの時ではあ
りますが、あなたは私の心にしっかりと焼きついて、悲し
みの中にも爽やかささへ感じています。
そうです、この爽やかな別れこそが和尚さんとの別れに最
もふさわしいものです。友達だった和尚さん、兄貴だった
和尚さん、親父だった和尚さん、師匠だった和尚さん、た
った一人の和尚さん、さようなら」
「勸君金屈巵、満酌不須辞 花發多風雨、人生足別離」
「君に勸(すす)む金屈巵(きんくつし)、満酌(まんし
ゃく)辞するを須(もち)いず 花發(ひら)けば風雨多
し、人生別離(べつり)足る」
という詩を唐の詩人、于武陵(うぶりょう)は作った。
さあ黄金の杯になみなみとついだお酒を飲んでくれ。花が
開けばきっと雨や風が蹴(け)散らすものさ。人生だって
別ればかりじゃないか。だからこそ、《今、此処》で飲も
うじゃないか。
これに対してわが日本の井伏鱒二はこの詩を、
コノサカヅキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガセテオクレ
  ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
と訳した。
まことに人は生まれてきたからには様々な別れが約束されて
いる。
しかし、「サヨナラ」だけが人生ではないと思う。多くの人は
井伏鱒二の名訳を知って、于武陵(うぶりょう)の意(ここ
ろ)を知らない。人生には別れもあれば、出会いもある。
晴れの時もあれば、嵐の時もある。大切なのは、
《今、此処》である。この時この一瞬が私の人生を成して
いる。この時この一瞬以外にわが人生はない。だからこそ、
《今、此処》で飲もうじゃないか、と于武陵は云った。セ
ンチメンタルな別れなど望んでいない。現実をありのまま
に受け入れて、別れに涙はあっても、爽やかに別れていこ
うじゃないか。と、私は受けとめた。「サヨナラ」だけが
人生では《今、此処》がない。だからあえて私は、
「サヨナラ」も人生だ、と読んでいる。

一筆法話

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01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp