『 共に行く』


私は出家して間もない頃、いろいろ悩む事があって、師匠
の許可も得ずにお寺を飛び出し、行脚(あんぎゃ)をした
事がある。行脚とは諸国のお寺を遍歴して歩き、良き指導
者と巡り合うことを目的として旅に出る事である。だから
物見遊山程度に考えて、うっかりと一夜の宿を乞い願って
も、寺の住職に腹の中を見透かされてしまう事がある。門
前払いを食わされるのはまだ良いほうである。怒鳴りつけ
られたり、張り倒されたりする事くらい覚悟して行かねば
ならない。
博多の師匠のお寺をまだ薄暗い明け方、気付かれないよう
に素足で一気に石段を駆け降りて脚半を着け、わらじのひ
もを結んだ。行脚は下関を出発地点とした。下関までの電
車代が有ったというそれだけの理由で、日本海側を歩こう
と心に決めて、てくてくと歩き出した。修行道場できたえ
てあるから、一日歩き続けることくらいは慣れたものであ
る。
第一日目は下関から約二十五キロ程の山口県豊浦町まで歩
いたら夕方になってしまい、ここは一つ「一宿一飯」の恩
義にあずかろうと、いくつかのお寺を訪ねたが、人相が悪
いためか、断られてしまった。あきらめずにお願いして廻
っている中、小さなお寺で泊めてもらえる事になった。
飯倉寺という老僧夫婦二人きりの曹洞宗のお寺だった。夕
飯の時、老夫婦は有り合わせのもので済ませ、私にだけ魚
のフライをつけてくれた。夏の暑い盛りだったので本堂の
一室に蚊帳を吊り、敷き布団の上にはござを載せ、夜中の
十一時頃には涼しいようにと中庭に打ち水をしてくれた。
そして翌朝の別れぎわにはお昼の弁当まで手渡された。
『お前なんかニセ坊主だ!行脚をするには十年早いわい!』
と、いつ喝破されるか緊張の連続であったが初日目は幸運
だった。しかし、まだまだ駆け出しの若僧にこんなにも親
切にして戴くのは一体なんだろうかと考えながら歩いた。
しばらく歩いて気がついた。
それは、遥か二千五百年も前にお釈迦さまが人生や宇宙の
真理を説かれて以来、連綿とその教えが伝わってきた遺徳
だった。それは私の修行が出来ているとかそうでないとか
の問題ではなく、仏門に身を投じた私が身につけている衣
(ころも)に対して敬意を払って頂いたのである。
『把 手 共 行』(手を把って共に行く)
  という言葉がある。修行してお釈迦さまと同じ境地で見た
り聞いたり感じたりする事だが改めてお釈迦様の弟子とし
てその末席を汚している事を恥ずかしく思い、虎の威を借
る狐にはなるまいと誓った。

一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp