『 独 坐 』


中国は唐の時代、百丈禅師というお坊さんが居られた。ある日、
修行僧が百丈禅師に、

『この世で一番尊くて、ありがたい事は一体なんでしょうか。』

と訪ねた。それに対して百丈禅師は、

『独坐大雄峯』(どくざだいゆうほう)とお答えになった。

大雄峯とは百丈禅師が住職をしておられたお寺の山の名前。
富士山とか、御嶽山と云うのと同じ。つまり、世の中で一番
ありがたく尊い事は、この俺がこの山にどっかりと腰を据え
て坐っていること意外に、特別な事はないのさ、と答えられたのだ。
尾崎放哉の俳句に、『爪を切る指が十本ある』というのがある。
何も特別な事はないということに、特別の尊い意味が隠されて
いる事に気がつく。これは一体どういう事なんだろうか………。

毎日私たちは朝起きて顔を洗い、手洗いへ行き、朝食をすま
せて、何事もなく仕事へ出 かける。しかし、よくよく考えてみ
れば、人間であることに慣れ過ぎていないだろうか?

私は十八の年に、眼を悪くし、長い間、病院に通っていた。
その当時は相当に悪くなり、失明の危険性があると医者に宣告
された。随分と悩んで、悶々とした日々を過ごしていた。

夏のある夕暮れ時だった。縁側に腰を下ろしてぼんやりと、
何とはなしに、盛りを過ぎた朝顔の花を見ていた。
『見えなくなると思えばこそ、落ち葉や土の色、みみずま
でが、輝いて観える。これは、今まで気がつかなかっただけ
で、うっかりすれば、知らない間に人生は過ぎて行くのだ。
大自然の営みの中で春になり、夏が来て山にこだます鳥の声
を聞き、きらきらと光る楠の葉や、夏の日の爽やかな風を楽
しむことがで きるのは、一度しかない人生を今ここに生きる
者だけだ。』と気付いた。

なぜか不思議な感動と、心の落ちつきを覚えた。自分が、今
ここに存在している事の有り難さに初めて気がついた。秋にな
れば美しい月も出てくるし、冬になれば真っ白な雪が 降ってく
る喜びを知った。あたり前の事だがこのあたり前の事に初めて
気がついた。

『ここ』に息をして、縁側に腰を下ろしている私が『今』在る
ことを実感した。この心境は物やお金や健康な肉体をもってさ
へも、得られない。心のそこから嬉しかった。もうこれからの
人生 に、特別なことは要らないと思った。

一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 な し
63 な し
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp