『 好 事 』


景気が低迷しているとはいえ、消費する事に慣れてしまった人々は高級車
に乗り、高価 な着物でわが身を飾り、グルメと称して高級な食べ物を食い散
らかし、レジャ−だ、海外 旅行だと忙しい。眼前の楽しみや欲望を追い求め
て、心から満足出来るのだろうか。

岐阜市の長良橋のたもとに鵜匠のブロンズ像が立っていて、その近くに松
尾芭蕉の俳句 の碑が刻んである。

『おもしろうて やがて哀しき 鵜舟かな』

という一句である。芭蕉は旅の途中、長良川の鵜飼いを楽しんだものと見
える。舟に乗り わいわいと、おそらく鮎を肴にお酒でも飲んで、美しい鵜
飼いの夜を満喫していたのであろう。しかし、だんだんと時間が過ぎ面白
さの頂点に達したその時、ふっと心の中をすき間風が吹き抜ける。十分に
楽しんだはずなのに、何だか満たされない淋しく、空しい気分になる。

芭蕉は心まで潤っていなかったのである。こんな事はあたり前の事であ
る。私たちは上っ面の快楽や、眼前の御馳走ばかり追い求めても心の不安
は癒せない。

実はこの俳句には元になっている漢詩がある。芭蕉は、袋の中に杜工部集
(とこうぶしゅう)といって中国の詩人、杜甫(とほ)の詩集をいつも携
帯し、精通 していた。もともと俳句というものは古典に裏打ちされていな
ければ作れない。

その古典とは、漢の武帝が「秋風の辞」に、

『歓楽(かんらく) 極まって、哀情(あいじょう)多し』

と詠んだ、それである。自分の欲するものは何でも叶えられた武帝は、遊
び、楽しみごとのその果てには空しい、哀しい気持ちしか残らないと云う。

『好事不如無』

(好事も 無きに 如かず)

という禅語がある。好事とは良いこと、楽しいこと。どのような有頂天に
なるような事が あっても、それに心を奪われるくらいなら、無い方がまだ
良い、という意味。何事にも捉われなければ、おんぼろ長屋でけっこう。
もちろん大邸宅でもけっこう。継ぎはぎのある着物でけっこう。御馳走も
けっこう。もちろん沢庵に梅干しで、けっこう、けっこう。

一筆法話

コピーしてお読み下さい。
01  君看よ
02  好事
03  独座
04  皆真なり
05  共に行く
06  好日
07  不食
08  蒼龍の窟
09  家珍
10  風涼し
11  弁じ難し
12  滋味無し
13  月在手
14  無南北
15  短法身
16  這漢
17  同事
18  桃核
19  足別離
20  癡僧
21  元不識
22  不遠
23  不諾
24  也風流
25  無所住
26  阿家牽
27  忘却
28  是非人1
29  是非人2
30  竹一竿
31 斑斑色
32 可憐
33 眞人
34 無慚色
35 不相知
36 三子寒
37 似秋月
38 思鱸客
39 明月夜
40 進一歩
41 千年翠
42 喫茶去
43 殺仏
44 如在
45 声吁吁
46 山高
47 不貪
48 養形
49 夜来雁
50 世上人
51 上樓
52 無暖気
53 嫌揀擇
54 罵李
55 怪力乱神
56 童子不知
57 到遼西
58 火自涼
59 不覚臭
60 無咎
61 為父隠
62 生万物
63 至菩提
64 な し
65 な し


説教はイヤだ!体験がいい!坐禅を組む。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp