八十四老翁の話 其一

活きるとは、どちらからでも登れるように出来ているよ
うだ。秀才からでも低能からでも働き者からでも怠者か
らでも、どちらからでも登れるように人生は出来上って
いる。本当に好き好き勝って、実にたのしい生よ。

登るとは、自分のもので自分のものは必ず自分に与えら
れたを、知らされるようにいつとはなしに(死アルマデ
カカッテモヨイヨウニ)成っているよ。

同じ高嶺(月ヲ見ルト)であると云う事は、揖は嫌いだ。
同じと定めて(キメテシマッテハ)基も子も(人ノ生キ
ルコノヨ)失い切ってしまうの迷いよ。

自分に与えられた自分のもので、秀れても低下でも、ど
れも是れも登るの土台に成ってくれない事は一ツも無い
のだ。皆気付けば自分のもので。(コノ途ガ苦シクモア
リ、タノシクモアリ底辺ナシ)

物の豊かは心を賎しくする。豊から育った賎しいは、人
は限りなく果てしらずに自分を見失い、この世を乱闘に
明け暮れる。この物の豊かなこの世の害を知る人も少な
い。憐れこの豊かよ。

物の豊、日常はウマイモノ(資本主義ニ手伝ウ)をとか
かり果てる主婦、憐れこの世に生れ来て幸の(ココロノ)
生の絶望を視せてもらっている。戦后の経済の高度に酔
い果てている。良いのか悪いのかを書くのではない、物
の豊かに悪酔(戦争ニ吾子ガ死ヌルモシラズニ)してい
るを、揖はどうにもならないが心から悲しい。

好きな酒女タベ物に獲えられるでは、何に云うことも失
格よ。二度生れて来られない人間と生れたの役目を忘却
するとは、憐れ豊かとは是れだけ。

貧乏では無かった、物の恵まれない八十四は、この世は
名付けた貧乏に、心から有難うの御礼、それこそ思って
も忘れてもこの事だけによかったの(ワガ人生)合掌は。
貧乏と無いは同じない。

物は無いに貧乏に落ちたら人の一生は、浮かぶ瀬なし。
(人間ガ人間ニナレヌ)貧乏に落ちるの心賎しに、人々
ふみとどまろうよ。

いつも思うが、何で今日の心に成ったのか知らない。才
能もないし、つとめた覚えも無い、今も何をと求むるも
ない、無論不足も不安もない、そうかと言って幸だとも
思わない。

なんで今日の心の寂にさせられたのか、こう云う事に依
っての理由もわからないが、強いて言えば(文字ニスレ
バ)、低能人には(世ノダレデモ)必ず何しなくてもよ
い、仕方なしに、毎日を毎日万策いらぬに、活きて居る
うちに、いつとは無しに、あそうか、そうで在ったか、
是れか、と是れかが知らされる。是れかは是れかの如(
ユウイラヌ)。

揖の書くいつの間にやらも仕方無しも、其のとおりであ
る。そのとおりであるは其とおりが自分のものに成らな
いと、そうだいつの間にやらだな、仕方なしだな、が心
に明るく照し写し出してくれない。いつの間にやらも仕
方ないも明るい照しよ。ワレイラヌ。

いつの間にやらは求道では無い。知った覚える、聞く事
に少しもかかわりは無い。どうとか、こうとかの言った
り思ったりの範囲にめぐり合える事ではない。物心地つ
いてから、いろいろと経て死ぬるまでに、恵まれるとい
つの間にやら(イツノマニヤラハ未完成品デハナイ)に
気付くながいながい時ノことの中に在った事が、仕方無
し(イヤデアッタガ)に、少しの無理いらずに吾身に付
いてしまうな。

働けど働けどと詩人は云い残した。揖は働くを否定した
のでもないが、三十代から働かないで八十四にさせても
らったら、働くと云う事をすっかり忘れてしまった。働
くを忘れたのだから物の無い貧乏は今も続いている。し
かしこう働くを忘れると、面白い事にはゼニはいらなく
なる。ゼニがいらなくなるとゼニに縛られる(困ルコト
ハナイ)事は無い。無いも忘れた。



人間に受けられない事も、物もなし。吉と云ふのも凶と
名の付く事も一切が受けるべきでなくして受けられるで
ある。

すべて受けられる事柄ならば、受ける人とは少しの責任
無し。唯受けるべきを受けるに言分の苦無し。苦無しと
云ってもほんとうまでは。

受け入れるは、来てからの事ではない。来る以前が、受
けるの事には、誰でもない自分で、知っても知らいでも
誓約済よ、ウもスもなし。人は独り一人独りの事(モノ
デナイ)だよ。自分に他無し。

人の生きるに吉凶幸不幸はいずこにもなし。有るように
憶うは物の上のみに活きる人々の、迷い言だけの持ち主
のことよ。政治も(人ノ世ハ)教育も宗教もこのタグイ
よ。

受けられないものは吾生(ワガイキル)に無し。是れを
覚めると云う。この覚める以前の受ける誓約を、この誓
約実行の限り無い天地に値偶を、信とも仰ぐともいうよ
うだ。

受けるに勇気も忍耐もいらない。まして宗教道学者のス
ナオなどは贋札である。受けるべきことは来てしまって
いる、泣き笑いは好き好きよ。

受けられないは来ないのだ。皆受け入れられる事だから
来るのだ。生きていることは受けることだ。其結果の良
かった悪かったは、受けた後の事である。境に甘んずる
の嘘やめて。

受けることを、冷静に受けると必ず、是れは俺れのもの
だと知れる。来たものはよかれ悪かれ自分のところに来
るべくして来たのだ。知るはいらないが約束していたの
だ。来て下さいの先約を今果している。

受けべきものでなくして、受けられることが来た。いや
来て下されたのだの闘い、はっきりしていないようで、
実にはっきりしている。受けられるこの事だ生きている
うちは受けてゆこうよ。

八十四の近頃思い浮ぶ事だが、こう好きな事を書くを勝
手にならべる文字、いつまで書かせてくれるのかな。刻
が殺(死デハナイ)さないうちはやみそうでもないが、
仕様がないな……と憶う。何の足しにも為にもならない
のに書くとは、どうにもならない因果(ハテ)のことよ。

心の貧しい者は幸である、とキリストは説いている。人
々よこのゆるぎない心の貧しい幸を獲得させてもらって
はと揖は祈る。もしも人、心の富めるの幸を少しでも望
むならば、心の貧しい幸は、我身より消え失せる(永久
ニスクイナシ)。

先きばしらないで、後から言う、後から言うてこそ、言
うたが言うたになる、先に言うてはならないことよ後か
らの、後からで良いようだ。



自分のもので自分を話せないうちは、いらない事だけに、
全力投入に狂っている。本人では正当の事ではあれど、
初めから終りまで弁明と、説明に力闘している世の人々
よ。私もほんの前日まで、この事で苦労して来たので、
人様の弁明や説明を聞く度に、そうかそうか一生やめら
れないなおやんなさいの苦笑に、自分の昔を知らされて
いる、心から有難う。

自分の心のもので自分を語ることは、覚えるのか知らさ
れたのかは区別つかないが、ともあれ自分のもので、自
分のものを声する事の楽しい語らいに、浴湯出来るとは、
この世の誰も赦されている事ではあれど、この赦されて
いる神も仏もさまたげるなしが、又是れなかなかの事で
ある。どうしてかは知らないが、赦されているが為に、
好き勝手に都合のよいように都合のよいようにだけ、声
は使うから、なかなか都合のよいにはなれど、自分のも
のにならぬで迷惑になる。

体力は衰いた(自分ノモノハ自分ガオシエテクレル)、
目も耳も用はだんだんいらなくなった。不自由もない、
いよいよ座っと身辺を心で好き勝手にさせてもらってい
る。物も入用ほどはいつもある。喰べるものは何でも有
るものだ。ウマイマズイは口の中で済んでいる。なかな
かこの口の中で済んでしまってしまうわいが、心豊かに
済してくれるを知らされて嬉しがるに、八十四までかか
った。

ウマイもマズイも口の中で済すに少しも考えるははない。
口に入れると、口が教えてくれる。口が教えたら、そう
かウマイな、マズイなで一切云う事無しにオナカに入っ
てしまう。オナカはウマイもマズイも知らないらしい。
聞えもしないし云いもしないようだ。さてさて是れだけ
の事ではあれど、口に物が入る、ウマクてもマズクても
オナカに届く。オナカの中で血になり肉になり、毎日し
て下さる。

昔から口舌しているが、分限(覚如)と分際(存覚)は、
全く異性質である。人知では同一に扱っているが、この
分際と分限は必ず区別すべきである。分限は個人の上に
分際はこの世に。

俺のようの人間が揖何十冊も続くのは、妻の力あっての
事だと、今日の日まで言ってくれた人は、大阪の重田さ
ん老夫婦と山田光先生夫婦だけである。合掌

揖は続く事だけに、意味(和紙八冊目)が与えられてい
のかも知れない、だからやれるうちは続けて終りたい。
八十四になって先き短かくなったいつでやらを、ほんと
うに身に憶われるようになればなるほど、一日一日が惜
しまれる、今日の日は今日の日と、合掌。

この事だけにかかり果てる、妻も子も友も皆捨て去り切
ってしまわなければ、この事はこの事にかかり果てるに
は成らないのだ。毎日一ツ屋根の下に暮らして居っても、
少しも邪魔にもならないし、又相手にされぬで全く一人
別の世界に毎日させてもらっている。この別の世界捨て
るもない拾ふもなし、一人寂かに皆様といっしょに。

寂かな一人の世界、我家にかく在る安住世界、障るもな
し、障られるもなし。幸も、不幸も憶ういらないようだ、
八十四秋彼岸。

俺れ一ツ(モトカラ)家に家族住んでいる。俺れ一人全
く心の住いちがう、あらこのちがい嬉悦万才、一人住む
この居(キョウ)る住む。

一ツ家で家族と仲良くする人は、あわれ果てなしよ(全
部ウソノ日ヨ)。仲良(人々11?)くは嘘よ。この辺に
来ると、宗教や倫理で足しに(メイワクニナレド)なら
ぬ世界よ(同居悦法ヨ)。

あやまってはならない重要の事は、区別にならない区別
に気付かずしての(知ラヌデ肉ト血トナッテイル)日を
過す、この事を知らないうち(今日ノ日、今日ノ日)に
自分のものと成って居った。区別の無い区別、区別は(
ベツベツハ)楽しい悦であり法よ。

人間は((コノヨノ人ト)は家族と一ツ家に住んで、心
の居住楽しく別に(区別ガ区別ニナライ)毎日する事に、
理由や文句はいらぬを知って、暮す人少なし。

五をつけるをいらないを、実行すれば、先生も立派なよ
い事を生徒に教えられるし、生徒も善いに育ってゆくは
間違ないのに、今は五を付けるにかかり果ている。

五をつけるをやめれば、教育(人間ト人間)は本来(心
ノフレアイ)に帰する。五を書くうちは生徒の心は立身
出世とゼニだけ欲しい人に落ちる。

五を先生が一人でも付けるをやめればよいのだ。一人も
こんな迷惑のことをやめる先生も居らないとは、五をや
めれば先生はほんとうに(雑用ガタクサンデハ先生ニナ
レナイ)自分の事に打込める。

五をつけるうちは先生は先生(死ヌルマデ)になれない。
先生が先生になれないでは、迷惑は生徒がする。あわれ
なるかな(コノ日本ノ本家ノ)文部省よ。

五をつける学校の在るうちは、自分の物は自分の物のみ
個人主義を自由とする、資本主義社会のエゴに全力を注
ぐのみよ。五を付けるを廃止することに於いて、国民全
体の社会が生れるよ。

文化人の事は仕方がないとして、日本の各宗教人の間か
ら五は(天理教ノ借リモノ貸シモノハ偽善ヨ)やめよと
の声も上らない。皆資本家に寄生しているからだ。宗教
人とは其宗派に生きるを使命としている。故に五のイン
チキは知っていて賛意している、盗人集団よ。

日本の親達も吾子の五を万才している。私事を書くが、
私も低能出し家内もそれこそ輪をかけての低能だから、
七人の吾子に勉強を強いる事もないし、一であろうが二
であろうが、家内二人とも気にした事もないし、そうか
でいつも少しも心配いらぬで来た。それぞれ皆家庭を創
っている、五いらずだよ。

遠い親子だ、堪え切れないほど心は痛む。独り八十四は
寂しく受けて逝く。七人の血のつながりだけの親と子、
しみじみと。

血のつながりだけの親子は、親と子の血のつながりに執
している。昔からも今も今后も血のつながりの親と子の
不虚に狂乱して終る。なんと人間と生れ、あわれの事か。

それならば近い親子とは、黙って居って黙ってにで、よ
いようだ。黙っては、話いらずに親と子は、子に温(ヌ
クモ)り親に仰ぐ親の子、子の親、遠くの遠(ナガライ
ノナガライ)くよりの恩寵(モチダスナシ)に依らなけ
れば、親と子は恩寵(コノ)の日々有る事無し。今日の
(人々ヲシルモヨシシラヌモヨシ)この親子の恩寵(モ
チダスナシ)は、幾久しき(人ノヨノ)恩寵(シラズシ
テ)の給(オ与エ)りし事(不可思議ノオツクリ)であ
る。今日一日の急(ツクリゴト)りではない。

恩寵の日日の親子とは近いだけ。近いには親子の思いも
なし、唯近い火に手を温めているを恵まれて居るだけだ。
少しも気付かずして(気ズイタラ指導化ニシテ)、の恩
寵(独善ノ悪マ)よ。子も無し、親も無し。八十四に吾
子無し、一人寂しく終る。もしも吾れに、吾子あれば、
吾れに吾が救いなし、この世とは。

吾れに吾子無しとは、徹底した心でもなし。昔から今も
今后も吾れに吾子のあるうちは、吾れ自らを知らぬと云
うだけのことよ。むずかしいように思ってはならない、
離れて(目ヲフサイデハミエルナシ)見ないと視えない
よ。

吾子だもの、遠くなれば成るほど近くなるものだよ。だ
からどうしても近くに吾子視て、心から悦びたかったら
必ず一度は遠くしなければならないのだ。揖は遠い親と
子は、近くの毎日するよと。

昔から生まれつきのままと云っているが、生まれつきの
ままは、生まれつきのままだから、この生まれつきのま
まは、気が付かない。どんなにしても(自分ノモノハ自
分デ気ガツカナイ)口で生まれつきのままと云うを覚え
て、覚えたを生まれつきのままに代用。

それならば生まれつきのままをどうしたら気が付くか。
精も根も尽きれば、そこが、生まれつきのままだが、気
が付かないでも、あそうか、そうかと、そうかが、そう
かの生まれつきのままである。

私がわかったと思うので書くのではないが、八十四にし
てわからない人はわからない世界があるわい、わからな
い世界もわからないの立派の世界であるわい、この立派
なわからないが知らされるとそうだそうだわかったと思
っている俺も、わからないお前さんも同じだな、少しも
区別はいらない人の世であるなと、言わないで済むの広
大な果て知らずを知らされ嬉しい。

宗教は知らないから書けない、何を書くのか。何を書く
やらお先真暗だから、好きように文字が勝手にならんで
下さるのだ。だから指導性も教化的意味は少しもない、
好きに筆動いての文字を、極めて少しの人々が又好きに
手に取って下されば、好きにならんだ文字が好きな人が
好きに読むわい、のようだ。

老人が過去にどんな立派の書をしても、地位名誉財産に
恵まれても、老人の今、そんなもの何の足しにもならな
いを、深く知るべきよ。老人になって過去を忘れ去れな
いほど自縛は無い。このことについて揖は、老人と老后
は同じにならないと言ってきた。老人とは日々是れ(好
日デハナイ)毎日であるし、老后とは過去がついて廻る
の不安怖れがつきまとうの自分も他も困るだけの事よと。

老人になると黙って万事頼むでなが黙ってに成ってくれ
るものだ。老人よ、頼むに声を出して口で頼むは頼むの
心でないのであるを、心すべき重要のことである、を知
るべきよ。頼むに黙っては、相手は心から答えてくれる、
真仮分際の鮮明にこの世は昔から今も是からも変わる事
なく明照である。真仮分際の分判は、人為性の混入しな
い大千世界である。人もしも老いて遺言した、口舌や品
物で、是れで頼むは相手を利用の邪心の他何ものでもな
い。

黙っての態度は、黙っての心の救いであり、黙ってに黙
ってこの大千世界(生死)は心を縁にして、黙って嬉し
いことよ。黙っては嬉しい、嬉しいは黙って在る、この
事はむずかしいようであるが、難しく少しもないのだ。
むずかしくするのは黙っての嬉しいを知らないから来る、
人間の浅い欲望が根底成しているからである。浅い欲望
だから親切が悦れたり他人に頼ったり、甲乙の区別に勝
手に喜悦に酔うのである。是れはなかなか判別は分際を
(分限デハナク)知らされて居らないと、区別つかぬこ
とよ。この区別を揖は、嬉悦楽しているに順じて。

八十四の時限、心にも外にも何もいらなくなった。から
だは老衰、目は物をようやくだ、足は歩くに困難だ。然
るに心の安定は今にしていよいよ頑健よ、生も良し、死
も良し。

目が物を見る、心が他に動くうちは、この安定は吾身体
のものと成ってはくれない。身も枯れるにまかせるの、
この八十四の時限(生息)、安定はいつの間にやら(イ
ツノマニヤラハサズカリモノ)昔の昔からのようだ。

心の安定は○いことのようだ。○いことは人為性を少し
も加味していない。強いて云えば、初も無し終りもない、
終りと初め(心ワズラウハナシ)。

だから○は初めからで、終ることのいらない○、即ち円
が私で、私が○であると知っても知らなくとも。

揖のどこかに人は何をしたかと言う事ではない、何を活
きたかと云う事だと書いたが、何を活きたかと云う事は、
○が毎日であったと云う事のようだ。

八十四の老人が、老人の立場で老人の日を書いてみる。
老人は老人を老いた身心を知るべきである。そうすると、
体力は無くなったが、心は広く障りない(天国トモ浄土
トモ宗教デハイウラシイ)、自分なりに是れでよいのだ
なあ……と、独りでウナズイテビ笑して、家族から世間
様にすみませんな、黙って頼むでな。

他人さまのことは知らない。八十四をふり返れば、お先
き真暗いでよかったのだ。真暗の毎日、朝な夕な、寝て
もさめても、この先暗い一瞬たりとも照らされるの明る
いは、私にとりては少しの足しにならないのだ。良いの
か悪いのか知ろうとせぬ、唯々一寸先き暗で丁度手頃ら
しい。

一寸先きの暗いが手頃丁度よい、何に言わぬでよいこの
暗いに暮らされるを知らされ授かるまで、八十四かかっ
たようだ。こうして暗いを手頃の持ち物として毎日する
ようになると、人さまはだんだん来てくれなくなるかも
知れない。それも仕方ない、暗いを暗く活る(イツトハ
ナシニ)より仕方なしに授かった(今サラニゲモカクレ
モデキヌ)ものな。

仏教でもキリスト教でも又学者でも、立派のことを真気
にして書いたり演じたりして居られるが、揖さえ書けな
い、私には縁はないから言わないでもよいのだが、一言
書いて逝く。あんなにわかる人や覚えて覚えての人を相
手にして、不安や怖れが感じられないのか。世界人口の
九割九厘まで(教理教学ノマナブハ)はいらない人々だ
よ。

学ぶのいらない人々が大勢活きて(継イデキタ尊イコト
ダ)居られるこの仲間である私は、いよいよこの学べな
い落ちこぼれ低能の仲間を、悦んで近く近くと手をつな
いで逝く。昔から低能の仲間はいつも多かった、今もい
ろいろと引き上げんと教育者は一生懸命だが、止めてよ。

ひたむきの文字を見る度に、才能(コノ人々)ある人の
世界で、私には用はないな。私の八十四は、どうする才
も力もなしに、仕方なしに毎日は毎日仕方なく、何もの
かについてきた。苦しみながら悲しくほんとうに「仕方
なしに」「仕方なしとつれだって」八十四まで来た。



だから書いた事も仕方なしの初めから今日までの事だけ
だから、他人様には少しのかかわりのない仕方なしの、
毎日のことをならべたに過ぎない。立派でもないし、よ
いことも少しもないし、人様に見せる事の心持ちなんて
持ち合わせは、どこにも無いのだ。だから気がねも遠慮
もどこにも見当らぬ。唯仕方なかったを仕方無かったと、
いつ覚えたもなしに続く。

仕方なかったことは万事休した、万策つきたの力みはど
こにも無い。どう思っても一生懸命やる気にはなっては
みても、どうにもならない、生まれつきの低能怠者根気
無し。唯々いつもいつも仕方なしに、仕方なく、流れて
流れに、いつの間にやら八十四の今日に落ちて来た。是
れからいよいよ仕方なし流されて。

流されるは抵抗はいらない、抵抗のあるは流されるでは
ない。流されるに流れるは計いいらないようだ。自然や
法爾の独りよがりはいらない。流れるに流れる易いも難
もかかり合いのいらないに、知ることのいらずにいつの
間にやら流されて、どこへやら逝く、ほんとうに知らな
いでどこまでもどこまでも。

八十四までふり返るに知らないうちに知らないに知らな
く流されて居った、又これからも流れてゆくだけのこと
であって、先は少しもわからないこの世界を、宗教らし
い人は神の仏の言っているが、揖は神や仏の世界は知ろ
うとも憶はないし、それはその道の好きな人々におまか
せしているを、不安も安心も信も行も聖りもおかまいな
しに、流れる流れる。

流れと言うと川の流れのように思うだろうが、揖の流れ
と云うのは、朝日が出て下さる夜暗くなって下さる、起
きて寝て三度三度何か頂いてを少しも狂いも間違いもな
し、知っても知らなくても変る事なく、よいも悪いも幸
せも不幸も思う事もいらないで、生まれると直ぐこの事
にかかり果てて休息も知らずに、やっているを流れると
信ずるのだ。

何もいらないが、みんなある。不安も不平も見当らない、
思ったも無い日。八十四秋。

からだについてゆくは苦労なし。心に従うは全部苦痛の
毎日、こんなことが知られるまでながながかかったな。

からだはウソはいらないし又言うなし。心はいつも嘘の
言と飾りの表皮にあけ暮れている、婆婆(ドテラデモゴ
自由ニ)よ。

一杯満杯の我身は、どうするもいらないようだ。有るも
ので皆間にあう、考えるもなし、考えるもある、皆どう
でもよいに摂まっている。

默と云うと人間の默の事に思うようだが、默は人間に在
る世界ではない。默は宗教性を意味していない事である。
昔から今も、默とは宗教界の専門用語に思っているが大
きなあやまりである。默はほんとうに默と知らされるな
らば、默よりの默だから默(ナガイイノチ)は凡てを指
している、又凡てを支え、凡ての責任者だから、默は默
で明らかよ默の明るいとは空気(イロモナシ形モナシ)
と同じことよ。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp