雛 僧 要 訓

[雛僧要訓とは妙心寺五百一世の暘山楚軾が各地で小僧教育に使われていた日用規則を集め編纂したものである。全部で八十四箇条あるが、初めの四十八箇条は相国の梅莊和尚、三箇条は豊前の欄山和尚、三箇条は嵯峨の桂洲和尚、三箇条は備中の龍雲和尚、四箇条は豫州の行應和尚、二箇条は豊後の一山和尚、四箇条は丹波の大觀和尚、十七箇条並びに釈尊十大弟子以下の付録は八幡の杭州和尚に依るもので、刻が成り出版したのは弘化三年(一八四六)、江戸末期のことである。]

   暘山楚軾(ようざん    そしょく)
    初名は霊見。字は暘山。号は蕉空・魯堂。
    安永七年(一七七八)丹波(京都府)に生れる。
    俗姓は桂氏。三河(愛知県豊橋市)の東観音寺、万年の弟子となる。
    伊予(愛媛県宇和島市)の等覚寺、行応玄節に参ず。
    文化七年(一八一〇)妙心寺塔頭の雑華院を監理す。
    また山城(京都府)八幡の円福寺、海山宗格に参じて印可せらる。
    近衛公の密旨を承り、肥後(熊本)細川藩に公武一致を説き、
    真観清浄禅師の号を賜う。
    安政六年(一八五九)九月一三日示寂。世寿八二。
[序]
 寺院の家法にて新戒のとき、先ず教戒儀、日用清規を読ましむ。また雲棲の沙彌戒律儀も、幼学の良訓なり。これらを以て行儀を習い知るべし。今この寺院にて日用眼前の事に、心を用うべき條々を会下の者に喩示す。これを以て他家を是非するにはあらず。

 ○お寺の決まりで初めて弟子入りすると、まず教戒儀と日用清規を読ませる。雲棲という人の沙彌戒律儀という本も良い。これらの本を読んでお寺の行儀を習うとよい。寺に入ってからの日々の生活をどのように気づかっていくのかを皆さんに教えていきます。だからといって他のお寺の教えが悪いとか、良いとかいうのではない。

*家法ー家内のおきて。家風。
*新戒ー初めて受戒して、仏門に入った沙彌のこと。
*日用清規ー無量宗寿が「入手日用清規(一二〇九に説いた書)」を学人のために起床、洗面、食事などの細かい決 まりを記した。また、「五分律」という戒律の書には入手五法といって始めて修行をする者の心得を五つ示してある。
一、下意。自らを卑下すること 二、慈心。慈悲心をもって他に接すること。
三、恭敬。上座に対して敬意 を表すること。
四、知次第。物事の次第順序を知ること。
五、不説余事。修行以外のことを口にしないこと。
*雲棲ー(一五三五〜一六一五)雲棲寺に住んだので雲棲と呼ばれる。「生死事大」を座右の銘として、日々修行に励む。明末の時代にあって、即心成仏の禅を振い、彼岸往生の念仏を信じ、多くの著作を残した。
*沙彌ー出家して十戒を受けた男子で、具足戒を受けて比丘となるまでのあいだの者。小僧。
*清規ー清は清浄大海衆の略。海衆とは出家した人々。道場に集まる衆僧を海にたとえていう。諸川は流れて一処に帰し、本名(もとの名)すでに滅して大海の名のみあるから、海衆という。規は規矩準縄の略。規はコンパス、矩は物差し、準は水盛り、縄は墨縄という意味から、規則又は手本ということ。禅門に於ける衆僧の則るべき規則。唐の百丈懐海が大小乗の戒律を参照して禅門独自の規則を制定したのに始まる。            
*沙彌戒律儀ー沙彌律儀要略のこと。明の雲棲が沙彌十戒と威儀について述べたもの。
*沙彌十戒ー不殺生、不偸盗、不邪婬、不妄語、不飲酒、不非時食、離歌舞観聴、離香油塗身、離高広大床、離金銀宝物
*会下ー一師に従って教えを学ぶ集まり。その師に教えを受ける人を総称していう。会中。会裡。門下。
*是非ー良いと悪いとの区別。正しいか誤っているかということ。古来、禅門では「是非の心」といって事物を分別する心を嫌い、妄心とされる。

[一]以下の四十八箇条は相国の梅莊和尚
 院中朝晩の課誦、時を違えず務むべし。国家法門の祈祷、先宗の報恩、施主の修福、自己の行願、皆な朝晩の法務に在ることなれば、随分誠心に務むべきなり。一会同修すべきなれども、然ること能わずば一分に礼誦の勤めをなすべし。初心の者未だ参禅学道の志なくとも毎日礼佛誦経の行を専要となすべし。これを欠くことは四民の家業を努めざるに非ずや。

 ○お寺での朝と晩の勤行は時間をきっちり守って務めなくてはならない。日本の国の安泰や、祖師方への報恩、檀信徒の無事、自分の修行に対する願いなどは朝課と晩課を務める事の中にあるので、誠心誠意務めなくてはならない。全員で一緒にやらなければいけないが、一緒にやれないときでも小人数、または一人でもお経を読むべきです。初めての者で修行をするという気のあまりない人でも、毎日のお務めだけはやること。これをやらないと農業の人が野菜を作らないことや、商売の人が商売をサボることや、工場で何も作らないのと一緒のことである。

*課誦ー日課として、毎日定められた時刻に誦経する勤行。往古にはなかったが、京都の東福寺開山、円爾辯円以降のことである。当時は粥後、日中(斎座後)、脯時(申刻。現在の午後四時。禅寺では午後二時より四時すぎまでの時間の総称)に行われていたが、近世以後は粥前、斎前、薬石前の三時に諷経を行う。
*諷経ー諷経とは声をだして経文を読誦すること。朝課諷経、晩課諷経など。また、諷経牌というのは、古くは現在のように三時諷経はなく、ただその時処に応じて行われていたので、諷経の場所と時間を衆僧に報ずるため、牌(掛け札)を掛けて知らせた。仏殿に限らず、土地堂や施主家でも行われた。
 夢中問答に曰く〜唐土の禅院には毎朝粥の後、大悲咒一遍なんど誦するばかりなり、是れ則ち坐禅を本とする故なり、(中略)建長寺の始めには日中のつとめはなかりけり、蒙古の襲い来たりし時、天下の御祈りのために、日中に観音経をよみたりけるそのままにしつけて、今は三時のつとめなりたり。
*先宗ー禅門における祖師方。
*四民ー士農工商の民衆。

[二]
 平生仏壇を潔浄にし、三ツ具足をも正しく置き、献花も時々改むべし。枯れたる枝、凋みたる花をそのままに置くは甚だよろしからず。献花なきに如ず。これ只三宝へ不敬なるのみならず在家の人、たまたま参詣しても、信心をさますことなり。総じて阿蘭若の境は平生清浄にして、俗家の来詣する者をも浄心を起こさしむること法中の教えなり。

 ○普段から仏壇はきれいにしておくこと。香炉、花、ローソク立ての三ツ具足はきちんとたてとよこを並べ、花が枯れていないかを見て、直すこと。枯れたままの枝やしおれた花をそのままにしていることはみっともない。いっそのこと最初から花などないほうがよい。これは仏・法・僧の三宝に対して失礼であるばかりでなく、在家の人がそれを見たらお寺に対して信仰する気持ちがなくなってしまう。お寺の中はいつもきれいに整えて、お参りに来る人たちの心までもすがすがしくきれいになるようにすることが仏教の教えである。

*三ツ具足ー三具足(さんぐそく)ともいう。仏前に具える香炉、花瓶、燭台の三種の道具。花瓶と燭台をそれぞれ対に用いた場合は五具足という。
*三宝ー仏法僧の三つ。この三つは仏教徒が帰依尊重すべきものであるところから宝という。道元禅師の、
 [正法眼藏](帰依三宝)では「仏はこれ大師なるがゆえに帰依す、法は良薬なるがゆえに帰依す、僧は勝友なるがゆえに帰依す」とある。
 三宝印は仏・法・僧・宝の四字を篆書で刻んだ大きな印。大般若祈祷札など貴重なことを示すために押す。ただし、三宝印と三法印とは混同しないように。三法印は三つの法印で、万有の真理を示すものであり、仏法のしるしであるところの、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三つのことをいう。これに一切皆苦を加えて四法印とすることもある。この法印は大小乗のすべての仏教の特質を示したものであり、宇宙の真理である。法印の思想があれば、釈迦が直接には説かなくとも仏説となりうる。また、これがなければ一見良き教えでも仏教の教えとは見なされない。
*阿蘭若ー僧侶の住む所。一人または二、三人の少数の比丘が小僧房などを作って共同で修行するに適した、人里は なれた閑静な所。

以下略‥‥。
申し訳ございませんが、以下は略しました。