「56 学習or教育」

 曾てバートランドラッセルが教育とは、
(一)活力を増す
(二)勇気を与える
(三)感性を磨く
(四)知性を高める
と言いました。昭和三十五年には高校進学率は57%。そして大学進学率は10%
でした。今は高校は98%。大学は50%となっています。しかし学力の低下は誰
もが認めているところです。

 最近は脱工業が進み、自然環境について語られることが多くなりました。そん
な中で1999年のG8サミットでは地球の未来が見えてきた、今後は脱工業化が進
み知識社会になる(各国が自国のためだけを考えて経済活動を高める爲ですが)、
そのためには生涯学習が必要となる、と教育が主要課題となったことを考える時、
日本はこれで良いのかと考えざるをえません。

 旧制高校へ行けるのはたった3%の時代とは比べ物になりませんが、右手で携帯
のメールを入れながら、黄色の髪からのぞく耳には二つ三つの穴を開けてそれぞれ
ピカピカ光る物をぶら下げ、ズボンの裾を踏んでいる、いでたちはそっくりな高校
生が二人車内に入ってきました。
「学校行きたくないなあ」
「俺も」
その後、
「おう、六時に着く」
と今度は電話をしています。
「誰や?」
「おっ母や、あれが高校だけは出てくれ、と言うから行くだけや」
「うん俺も同じや。明日どうする学校?}
「顔だけ出したら卒業させたる、と先生も言っていたし、顔出してからゲーセン行
こか」
とその後もベタッと床に坐り行きたくないと話し合っていました。高校3%の進学率
の時代と教育方法は比較は出来ないかもしれませんが、東大で補習授業が必要となっ
たと言われる昨今、学力の低下よりも、生きる姿勢が変ったように思えます。車内の
高校生に、
「学校止めて自分の食いぶちくらい自分で稼いだら?」
と言いたくなるのは私だけでしょうか?



「附録」

 最近テレビで噂の大食いの番組を見ました。痩せた人がよくあれだけ、と思う
ほど食べていました。聞くところによると番組終了後吐くのだそうです。何とい
うことでしょう。

 古代ローマでは連日連夜の大宴会に出席する貴族達は珍味を腹いっぱい食べた
後、孔雀の羽根で喉をくすぐり吐いてから又宴会に出て食べ続けました。そして
古代ローマ帝国は滅びました。

 中世のヨーロッパでは「舌は人の誉れと栄光と偉業を称えるもの。一方では手
に負えない毒の塊ともなる」
との教えから美味しく食べることも罪悪と考えたそうです。

 禅寺へ行くと食事の前に誦える五観の偈の中に、
「正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが爲なり」
とあります。

 食事を摂取するのは、仏道成就のためにすることであって、楽しみのためにす
るのではないと云うほどの意味です。しかし乍ら毎日の食事がそれだけではちょ
っと淋しい気がします。「頭は生きているうちに使え!」と親からよく言われま
したように、舌だって無駄についているのじゃない、としたら‥‥。

 あまり聞きなれない言葉かもしれませんが口福(こうふく)という言葉が有り
ます。眼福(がんぷく)と同じように珍しく貴重で美味しいものを口にする喜び
を表す言葉です。

 その美味しいものは何処にあるかと言えば、自分の廻りにいくらでもあります。
肉や魚、高価な食材などをがむしゃらに食べるのが口福ではりません。昔の人達
が大事にしてきたこの言葉の意味を深く考えてみたいものです。

今月のちょっと話
「back number」



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