掲示板


  行持の十来

富貴は 慈悲より来る 福徳は 善根より来る

無病は 信心より来る 愛敬は 忍辱より来る

智慧は 精進より来る 高位は 礼拝より来る

短命は 贅沢より来る 病身は 不浄より来る

貧窮は 慳貪より来る 愚蒙は 破戒より来る






『譬(たと)えば水の中に居(い)て

       渇(かつ)を叫ぶが如(ごと)くなり』

                   「白隠禅師坐禅和讃」より

さて、世間を騒がせたオウム事件は、最近になってもマス
コミに登場します。被害に遇われた方々は言うまでもなく
元信者の方たちの心にも傷として残らないようにと願うば
かりです。

昭和五十六年、豊田商事という詐欺会社に約三万人の人々
が架空の黄金を買わされて二千億円ほど騙され、ほとんど
のお金は返りませんでした。被害者の多くは老後のために
とお金をこつこつと蓄えてきた老人たちでありました。私
のようにお金に縁がなく、出したくても屁も出ない者には
人が近寄りません。驚いたことに、被害者名簿を利用して
また騙そうとする者が現れ、痛い目に遭ったはずの多くの
同じ老人たちがまた詐欺に遭い騙されました。何故同じよ
うに騙されたのでしょうか。

人は病気になればその苦しみを知っているから二度と同じ
病気はゴメンだと考えます。しかし、心が直らなければ問
題は残ったままです。元オウムの人たちが会を脱会しても
思いが同じであれば、形を変えてまた違う宗教に心を奪わ
れることになるでしょう。

世の中を見渡すと、人間は同じ過ちを繰り返すことが好き
なようです。心というものは傷つきやすく繊細にできてい
ますが、その反面、頭で考えるようには、なかなか巧くい
うことを聞いてくれません。頭で判っているけれどもうち
の姑だけは許せない。良くないと知りつつ、息子や孫の欲
しがるものを何でも買ってやる。世の中にいい男など居る
はずないのに、うちの旦那よりは外の旦那が良く見える。
口ではそんなことはないと言いながら、やっぱりお金が全
てだ、三億円ほど落ちてないかと内心思う。

どうですか、思い当たることはありませんか。

ある時、境内掃除をやっていたら地蔵堂の中で、いつもお
参りに来るお婆さん二人が、ぶつぶつと掛け合いをやって
いました。

「今日はね!いい花が有ったので持ってきましたよ。嬉し
いかい………地蔵さん。」

「五十年も付き合っとるのに、お地蔵さん、ありがとう言
わないねえ。」

「ぼけーっと立っているだけじゃつまらんだろうに。」

「でも、本当にお地蔵さんがしゃべったらこわいじゃろ。」

「お地蔵さんは黙ってるほうがかわいいもんじゃ。よく見
りゃまあまあの顔しとるし。」

「なんといっても五十年からの連れじゃもの」

「そうそう!、恥ずかしいことでもなんでも言いっ放しで、
罰も貰わんしな。」

「お地蔵さんは子供好きだというが、わしらも地蔵さんか
ら見りゃ子供みたいなもんじゃろ」

私は、お婆さんたちを抱きしめに行きたくなったが、それ
は遠慮しました。お婆さんたちは、お地蔵さんと戯れて遊
んでいるだけです。あれをしてくれ、この願いを叶えてく
れなどと要求していません。どっぷりとお地蔵さんの慈悲
の中に浸かり、楽しんでいます。自分の生活が足ることを
知っています。人間は裸で生まれて、裸一貫で死んでゆき
ます。あれやこれやと渇を叫んでも、それは馬上に馬を求
むる愚かさと似ています。

世の中に、簡単にお金儲けが出来る話など転がってはいま
せん。

簡単に解脱したり、お悟りをひらいて楽々悠々になる宗教
も断じてありません。

そういう話が持ち込まれたら、先ずは自分の眉に唾をつけ
て、今は十分に足りている。今は十分に足りている。今は
十分に足りている。と三度唱えてみてください。



のどが渇いたのでビールでも飲みましょうか。それともお酒にしますか

ホームページへ戻る

案内所へ戻る

道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp