ここで、お経についてお話しします

お経は皆さんご存じの通り経典(きょうてん)と
もいいますが、経とは縦糸(たていと)のことで、
たていとがなければ、織物は出来ません。お釈迦
さまは誰にでも解るようにたくさんの教えを説か
れました。

誰にも解らないような言葉は言っても意味がありま
せん。

誰よりも親切であったお釈迦さまの一つ一つの言
葉を拾い、たていとで結び、それぞれに織物を作
り上げたのがお弟子さんたちです。

そのお釈迦さまの説かれた真理の言葉をたていと
で綴(つづ)った、織物がが経典ということです。

ここでは膨大な経典の中から一番親しまれている
お経で皆さんよくご存じの般若心経を載せました。
じっくり味わってみて下さい。




般若心経現代語訳

釈迦牟尼仏が説きたまえる
すばらしい般若波羅蜜多の精髄を示したお経

観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)
(別名、観自在ーかんじざい菩薩。つまり、
観音=かんのんさま)が、
その昔、深(じん)・般若波羅蜜多を実践された時、
物質も精神も、すべてが空であることを照見されて、
一切の苦厄(くやく)を克服(こくふく)された。
舎利弗(しゃりほつ)あるいは舎利子(しゃりし)。
サーリプッタよ、と観音さまは呼び掛けられた。
あらゆる物質的存在は空にほかならず、空がそのま
ま物質的存在にほかならない。物質的存在がすなわ
ち空、空がすなわち物質的存在なのだ。知つたり、
感じたり、判断したり、意欲したりするわれわれの
精神作用も、これまた同じく空である。

サーリプッタよ、すべての存在が空である……。
すべての存在に実体がない……。

だから、生滅もなく、浄不浄もなく、また増減もな
い。したがって、実体がないのだから、物質的存在
も精神作用もなく、感覚器官もなければ、対象世界
もない。

そして、感覚器官とその対象との接触によって生じ
る認識だってない。人間の根源的な無智迷妄がなく、
また無智迷妄が消滅するわけでもない。

そして、老死という苦しみもなく、老死という苦し
みが消滅するわけでもない。

仏教で説かれてきた「四つの真理」もなく、智もな
ければ得もない。もともと得るということがないか
らである。

菩薩(求道者)たちは、般若波羅蜜多を実践している
ので、その心はなにものにも執着せず、またわだか
まりがない。わだかまりがないから、恐怖もないし、
事物をさかさまに捉えることもなく、妄想に悩まさ
れることもなく、心は充分に、平安である。

過去・現在・未来の三世にまします諸仏たちも、
般若波羅蜜多を実践されて、この上ない正しい完全
な悟りを得られたのだ。

だから、このように言うことができよう。般若波羅
蜜多というのは、すばらしい霊力のあることば、
すなわち真言であり、すぐれた真言、無上の真言、
無比の真言である、と。

それはあらゆる苦しみを消滅させてくれる。じつに
真実にして虚ならざるものである。

そこで、般若波羅蜜多の真言を説く。すなわち、こ
れが真言である……。

往き、往きて、彼岸に達せる者よ。
完全なる彼岸に達せる者よ。
悟りあれ、幸いあれ。



もう少し話らしい話をして下さい。

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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp