ここでは主な禅寺の年中行事を紹介します

 

釈迦牟尼仏(お釈迦さま)の関係 

4月 8日 降誕会(ごうたんえ)

お釈迦さまの誕生日を祝い、花御堂を作り春の花々を飾り
ます。そして、お釈迦さまが生まれたときに甘い雨が降っ
てきたという伝えにより、誕生仏に甘茶をかけます。


12月 8日 成道会(じょうどうえ)

お釈迦さまは6年間の苦行の後、苦行では何も得られない
ということが解り、一週間の瞑想に入られ、ようやくお悟
りを開かれたのが12月8日。その日、明けの明星を見ら
れて長年ののナゾが解明された。禅宗では、お釈迦さまに
あやかりたいと、12月1日より8日の明け方まで、横に
ならずに不眠不休の坐禅を組む。


2月15日 涅槃会(ねはんえ)

お釈迦さんはクシナガラという地の沙羅双樹の林中で頭を
北に向け、右脇を下に入滅(亡くなる)された。その一代
は49年間の膨大な教えと共に現在でも多くの人々の心に
潤いと希望を与えている。


達磨大師(だるまだいし)

10月 5日 達磨忌(だるまき)
いうまでもなく、あのダルマさんである。選挙の時などに
目を入れたり、七転び八起きなど縁起物として日本人には
人気がある。
お釈迦様より数えて、28代目にあたる達磨さんは、はる
ばるインドから中国へ禅宗を伝えた最初の人。伝説上の人
と思われていたが、敦煌より文献が発見され、歴史上の大
切な人であることが証明された。10月5日にダルマさん
が亡くなったのを供養する。


臨済禅師(りんざいぜんじ)

1月10日 臨済忌(りんざいき)
達磨さんから11代目の臨済禅師の頃にようやく禅宗が中
国で栄え、中国の仏教といえばほとんど臨済宗の禅が広く
伝えられた。


無相大師(むそうだいし)

12月11日 妙心寺開山忌(みょうしんじかいさんき)
京都の妙心寺を最初に建てた人で、関山慧玄(かんざんえ
げん)という名。

中国で栄えた禅が日本では鎌倉時代になり怒とうのごとく伝わっ
てきてあっという間に、武士や皇族の知識階級に受け入れられた。

その宗風は線香臭くなく、男性的であっけらんとした人生観を持
っていたために、明日の命をも知れない武士階級はこぞって禅門
をたたき、生き死にを越えた禅の僧侶に人生の救いを求めた。
その中で、無相大師は権力におもねらず、質実剛健に淡々と岐阜
の山奥に(現在の美濃加茂市伊深町)隠れてお百姓の手伝いをし
ながら生活していたのを、京都まで引っ張り出され、現在の妙心
寺に住まわれたのが最初である。

その他いろいろな禅宗が伝わったが、その教えが今日まで修行の
形として一度も途切れることなく伝わっているのは、無相大師の
一流だけである。


花園法皇(はなぞのほうおう)

11月11日法皇忌(ほうおうき=花園法皇が亡くなられた日)

妙心寺を建てるときに第95代の花園天皇は花園の地を分けて与えられ
た。
それが洛西、現在の花園駅の前に約10万坪の境内地を誇る妙心寺があ
る。

これらの行事を道樹寺や他の禅宗寺院では、毎年同じように繰り返し
て報恩の行事として行っています。


道樹寺を開いた景總(けいそう)和尚

但し、10月23日は道樹寺を建てた和尚さん(景總=けいそう)の命日
には近郷の和尚さんたち2、30人をお招きして盛大に法要を努めてい
ます。
足利義輝−戦国時代の人です。1563(永禄6年9月23日寂滅)
             著作−虚堂録景總臆斷  碧巌集景總臆斷

生活信条

一日一度は静かに坐って、
    身(からだ)と呼吸と心を調えましょう。

人間の尊さにめざめ、
    自分の生活も他人の生活も大切にしましょう。

生かされている自分を感謝し、
    報恩の行を積みましょう。



信心の言葉

  わが身をこのまま空なりと観じて
        静かに坐りましょう。

  衆生は本来仏なりと信じて
        拝んでゆきましょう。

  社会を心の花園と念じて
        和(なご)やかに生きましょう。




ついでに道樹寺の歴代の和尚さんの名前を記しておきます。
見たくない人はどうぞクリックしないで下さい。


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道樹寺 江口 潭渕(たんえん) dojuzi@ktroad.ne.jp